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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」第45回

オーケストラ奏者、なぜ「難聴」にかかる人が多い?ケガとの戦い続く“過酷な職業”

文=篠崎靖男/指揮者
オーケストラ奏者、なぜ「難聴」にかかる人が多い?ケガとの戦い続く“過酷な職業”の画像1「Getty Images」より

 春真っ盛りになりました。今まさに桜の花も満開を迎えており、今週末は花見に出かける方々も多いのではないでしょうか。しかしながら、緯度の高いヨーロッパではまだ冬の終わりです。そんな長い冬も、イースター(復活祭/今年は4月21日)を過ぎてから、ようやく春めいてきます。ちなみに、僕が指揮の勉強のために留学していたオーストリアのカトリック教会では、3月の初めごろから、聖画像(仏教でいうところのご本尊のようなもの)が、黒い幕で覆い隠されているのですが、イースターの礼拝の際にはその幕が外されます。つまりは、イエス・キリストの復活をイメージさせてくれるのです。当日の教会内は美しい花で埋め尽くされ、春の訪れを喜ぶ日となります。

 ヨーロッパの冬は、どんよりと曇っている日が多く、しかも長いので、人々の春を心待ちにする気持ちがとても強いです。そこで5月ともなれば、急に太陽が明るくなり、今まで土の下で冬の寒さを耐えていた草花が、一斉に咲き乱れます。たった、1週間で、自然も人々の気持ちもまったく変わるような爆発的な春の訪れとなります。

 ドイツを代表する作曲家のひとりであるシューマンの歌曲『美しい五月には』の題名通り、ヨーロッパの春は5月に来るのです。

 ちなみに、シューマンは春が大好きだったようで、最初に作曲した交響曲第一番に『春』というタイトルをつけているくらいです。曲は「春の訪れ」を知らせる金管楽器のファンファーレで始まり、その後、春が爆発的に訪れるように感じさせてくれる音楽で、名曲中の名曲です。しかしながら、指揮者にとっては、特に初めてのオーケストラとの仕事では、注意しなくてはならない交響曲でもあるのです。

 指揮者は、オーケストラが自分を気に入ってくれて、また呼んでもらえるかどうかは、死活問題となります。オーケストラから見れば、「この指揮者とは、気持ち良く仕事ができるだろうか?」というのは、ひとつの重要な点です。

 僕がデビューしたての頃に、世界的にも有名なあるオーケストラを指揮したことがあります。その時に選んだ作品が、シューマンの交響曲第一番『春』でした。素晴らしい名曲ですので、意気揚々とリハーサルに向かったのですが、オーケストラ事務局の話では、やりたがらない指揮者が多いそうで、ちょっと意外に思いながら指揮台に上がりました。

 リハーサルのあと演奏会を2回指揮したのですが、楽員、特に弦楽器演奏者は浮かない顔をしています。その後の英国マネージャーからの報告では、「残念ながら、あまり評価が残らなかったね」とのことでした。その話を英国マネージメント会社の社長に話してみると、「初めてのオーケストラでシューマンか……。それは難しいよ。どうして君の担当マネージャーは止めなかったのだろうか」との答えです。あとになって、シューマンの曲は弦楽器が苦労するということがわかったのですが、時すでに遅しでした。

 シューマンは、ピアノ曲を作曲する大天才なのですが、オーケストラ曲を作曲する技法はいまひとつだといわれています。僕は、彼のオーケストラ曲も大好きなのですが、なにせ弦楽器に“刻み”が多いのです。刻みというのは、何度も弓を動かして音を細かく演奏する技法です。シューマンの交響曲第1番『春』を例にとると、1秒間に約8~9回も弓を動かす音符が多くの個所で連続しています。第1楽章は12分くらいかかるので、1回通しただけでも、もう腕はくたくたになってしまっているにもかかわらず、指揮者は何度も同じ場所に戻ってリハーサルします。最終楽章に至っては、それ以上に弓を動かしながら、しかも大きな音も出さなくてはならないし、楽譜に「アッチェレランド(どんどん速く)」と書かれているので、指揮者はテンポを上げるのですが、弦楽器奏者にとってはとんでもない話で、「あの若い指揮者のやろう」と怒りが込み上げるわけです。

ケガや故障で収入がゼロになる演奏家

 ところで、シューマンほどではないにしても、モーツァルトやベートーヴェンをはじめとして、どの作曲家も当たり前のように使用している“刻み”ですが、ヴァイオリンやヴィオラのように左肩と首の間に楽器を挟み、右手に持った弓で演奏する楽器の場合は、右肩に負担がかかってきます。特にセカンドヴァイオリンは、右手から一番遠い場所に張られてある低い音の弦を弾くことが多く、そのために右肘を上げることとなり、そのような状態で弾き続けていると、年月を経て、右肩を故障してしまう奏者が結構いるのです。しばらく静養して治ったとしても、仕事場に戻るとまた同じ動きをしなくてはならないので、再発する方も少なくありません。

 管楽器でも、フルートは右肩を上げて演奏する横笛なので、肩こりに悩まされると聞いたことがあります。打楽器奏者は腱鞘炎になることが多いようです。そして、オーケストラ全体としては、長年大きな音の中で演奏していることで惹き起こされる職業病として「難聴」があります。欧米では耳栓をして演奏する奏者も多いのですが、何よりも“自分の音”で耳がやられるのだと、アメリカの新聞で読んだことがあります。

 演奏家は、楽器が弾けなくなったら即失業、すなわち収入がゼロになります。そのため、故障しないように人一倍気を遣うのは、スポーツ選手と同じです。ピアニストのなかには、包丁を使うことすら避ける人もいるくらいです。そういえば、僕が指揮者を務めていた海外のオーケストラにいたヴァイオリン奏者は、ニンジンを切っているときに指先を切ってしまい、治っても楽器を弾くための感覚が戻るまでに、半年以上もかかってしまったことを思い出しました。彼女はオーケストラ楽員だったので、休業手当をもらうことができましたが、ソリストならば収入はまったくゼロになったことでしょう。

 ところで指揮者はというと、「右手がダメなら、左手に指揮棒を持てばいい」と言いたいところですが、うっかり転んだような時には「右手をケガしていないか」と、まずは気にするのです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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