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杉江弘「機長の目」

三菱スペースジェット(旧MRJ)、中国製やブラジル製に勝る“ウリ”が何ひとつない

文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長
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三菱スペースジェット(「wikipedia」より/Marc Lacoste)

 三菱航空機の「MRJ」が「スペースジェット」と名前を変え、ボンバルディアのリージョナルジェット機「CRJ」事業を買収することになった。さまざまな困難に直面し、経営戦略の立て直しに迫られた結果の通過点といえるが、これによって国産初のジェット旅客機事業は成功するのか、あるいは「YS-11」の二の舞になるのかを検証してみたい。

小型化に方針転換した理由

 MRJはこれまで90席仕様のMRJ90の開発を優先して、米国での型式証明を取得することに力を入れてきた。しかし、ここにきて70席クラスの機種の開発を優先させ、航空会社からの発注があれば2024年からの引き渡しができるよう戦略の変更を行った。その理由は北米市場での特殊な事情があるからだ。

「スコープ・クローズ」と呼ばれるリージョナル機の座席数や最大離陸重量を制限する米国内での労使協定によって、設計変更を余儀なくされたからだ。その協定は、一般ジェット旅客機とリージョナルジェットの線引きをすることで民間航空のパイロットの待遇を守ろうという目的で結ばれたものである。

 そのため、MRJはこれまでの90席から急遽70席クラスに力を注いで名称も「space jet M100」(スペースジェットM100)に、そしてこれまでの90席クラスはM90とした。MRJからスペースジェットへの名称変更は、イメージチェンジを図るもの以外の何物でもないが、私はこれについては関心がない。なぜ70席クラスに落としたのに名称を「M100」としたのかは、M70とするとイメージダウンと考えたからではないか。

 さて、開発から十数年もたち、5度の納入時期の変更を伴っているのは米国での型式証明取得に相次ぐ設計変更を余儀なくされていることもあるが、労使間の「スコープ・クローズ」という協定の存在と行方を知らずに開発を進めてきた失態が追い打ちをかけたものだろう。この協定では、座席数では最大1クラス88席までの航空機でないとリージョナルジェットとして認められない。そしてここにきてボンバルディアのCRJ事業の買収だ。その目的は、すでに各国の航空会社に約1900機が納入されているCRJのネットワークである。

 三菱のリージョナルジェットを販売した後の各地での整備、つまりアフターケアをこのネットワークを使って充実させようとするものである。航空機の開発は機体の設計、開発だけでなく、販売はユーザーに対するアフターケアも大きな要素であることは論をまたない。

 MRJでもサポート体制には力を入れていくと一応言ってきたものの、今回のCRJの買収劇を見ていると、当初から本当に十分なサポート体制を構築できる計画があったのかと疑わざるを得ない。ボンバルディア側は航空事業から手を引いて、今後は鉄道事業だけに経営戦略を変更していこうとするなかで、三菱側のCRJ事業の買収はいわば渡りに船であった。それだけに三菱側としては、今回の買収によって今後コスト面で経営にどう影響を与えるかという不安材料も加わったかたちである。

最大の競合相手はエンブラエル、しかしライバル以上の存在

 ボンバルディアはCシリーズを開発にコストがかさみエアバスに売却、A220という名称になった。今般のCRJの買収によってリージョナルジェットの分野では、主にエンブラエルが残るかたちとなった。

 しかし、このような消去法で、スペースジェットのライバルはエンブラエルになったと考えるのは大きな誤りだ。MRJの開発当初にはCRJ、エンブラエル、それに中国のARJなどが主な競合相手とみられていた。しかしCRJはすでにピークを過ぎ、パイロット仲間のあいだでも特に優れたシステムはなく、進入時のピッチの低さに弱点があるといわれていたくらいだ。

 そして、中国のARJについては後述するが、中国の国内でしっかりとシェアを確保し、価格の安さもあってそこに切り込んでいくのは難しく、その意味で競合相手ではないだろう。したがって最大の競合相手はエンブラエルであったはずである。

 では、三菱はエンブラエルに勝てるだけの優位性を持った機体の設計や価格について、どういう戦略を持っていたのか。当初MRJの優れた点は、燃費がそれまでより約20%向上することとされていた。しかしそれを実現するためのP&W社のギヤードファンエンジンを、エンブラエルのE2ジェットがすでに搭載してしまったため、この点の優位性はなくなってしまった。

 価格面でも、力を注ぐことになった70席クラスのスペースジェットM100と同じクラスのエンブラエルE170とを比較すると、E170は35億円とM100の50億円前後と比べてもかなり安い。客室内の居住性についても、スペースジェットは客室内での荷物の収納スペースの広さを売りにしているが、エンブラエルは胴体のダブルバブル構造による頭上の窮屈感の低減を売りとしているため、大差ないといえるだろう。

エンブラエルE170は革新的な設計

 さて、ここまでの話なら今さら驚くような分析でもないかもしれない。だが、ここからが本題である。

 ここで私はまず、エンブラエルE170を日本で導入当初から操縦してきた経験も含め、その特徴について少し述べてみたい。

 日本での就航は、2009年から日本航空(JAL)グループのジェイエアとフジドリームエアラインズがほぼ同時に始め、当初はともに76人乗りのE170であった。それまでボーイング747で空の人生の大部分を過ごしてきた私は、1機250~300億円もする747から、わずか35億円のE170へ移行することになったわけで、ある意味安全性や操縦性についてそれほど期待せず、シミュレーター訓練を受けるまで正直よく知らなかった。

 しかし、訓練や3年間の乗務を経てわかったことは、特に安全面で革新的な設計とオペレーションが導入されていたことだった。コックピット内の仕様やコリンズ製の自動操縦システムやFMSなどは現代のボーイングやエアバスのハイテク機と変わらないが、設計面で随所に工夫がなされているのである。それはいずれも過去に世界で起きた大事故の教訓を生かしたもので、ボーイングやエアバスではあまり見られないものだ。

 たとえばJAL123便の御巣鷹山での墜落事故では、すべての油圧が失われて操縦不能状態になったが、それを改善すべく一般に油圧で動かす水平安定板(スタビライザー)を電動にして、万が一すべての油圧を失っても最低限のコントロールを残すようにした。さらには、2000年1月に水平安定板の機械的トラブルによって急降下して海上墜落したアラスカ航空のMD-83事故を受けて、水平安定板を動かすジャックスクリューをダブル装備したのも初めてのことである。2013年の映画『フライト』のモデルになった当事故は、どのようなパイロットでも生還が難しい水平安定板のトラブルが原因であった。

 そのほかにも、離陸時の誤操作を発生させないための「ミスブラジル」の女性の音声による警告システム、警報音スピーカーの共用廃止、それにモードの誤操作を防ぐため「窓」と呼ばれるパネルの変更等、実にさまざまなヒューマンエラー防止のための工夫がなされている。

 実際、私自身それらを知って日々安心して乗務できたものである。加えて搭載のゼネラルエレクトリック(GE)社製のCF34-8エンジンは性能も良く、トラブルの少なさで際立っていた。国土交通省が毎年7月に発表する国内航空会社の安全上のトラブルの項目を見ると、トラブルの総件数を機材数で割ったもので比較すると、フジドリームエアラインズがもっとも運航上のトラブルが少ない会社としてランクされているのもエンブラエルだけで運航している結果ともいえよう。

エンブラエルはドイツ製と考えたほうがよい

 エンブラエルは、ボーイングでもエアバスでもない第三極のメーカーを目指している。それは設計面で独自性を貫き、今までにないユニークなシステムも導入していることからも明らかだ。そのルーツは戦後ドイツからブラジルに移住してきたドイツのハインケル社の技術者たちにある。

 ハインケルは輸送機や戦闘機の分野でさまざまな傑作機を世に出してきた会社であるが、その技術陣がブラジルの地で航空機の製造にかかわることになったのである。もちろんブラジルも農業国でありながら工業の分野でも十分な力を持っていて、航空機の製造も可能であるが、背後に元ハインケルの技術陣がついていたためにエンブラエルという優れた航空機の出現につながったといってよいだろう。

 以上を総合すると、エンブラエルはスペースジェットにとってもはやライバルではなく、それ以上の存在と思って対応したほうがいいだろう。

スペースジェットに「売り」はあるのか

 一方、スペースジェットとはどんな航空機なのか。

 三菱航空機は2015年11月の名古屋空港での初飛行の際にも、軍用機中心の製造歴によるものか、航空雑誌のカメラマン等にコックピット内部を見せないというほどの「秘密主義」によって、設計コンセプトや自動化等の詳細がわからないまま推移したのは残念である。そのため、これまでに公表されている性能表や電子機器がコリンズ製などという限られた情報からコメントせざるを得ないが、スペースジェットには燃費改善や荷物スペース拡大等以外に、ほかのリージョナルジェットより優位に立つ点が見当たらない。

 そればかりか、スペースジェットはその翼型によって進入時にCRJと同様に機首下げの状態になり、天候によっては着陸操作が難しくなる。また、同じ理由で巡航速度がマッハ0.78と遅いこと、さらに最大巡航高度が3万9000フィートに制限されていることも決定的にマイナスだ。

 というのもパイロットは乱気流を避けるため時に4万1000フィートに上昇することも少なくないからだ。それは国内線や近距離国際線でも同様で、スペースジェットではそれができないとなると、快適性の追求でハンデが生じることになる。ちなみにエンブラエルは進入時では機首上げ状態で、巡航速度はマッハ0.82、最大巡航高度は4万1000フィートである。

 そして私自身最近知ったことだが、スペースジェットには自動着陸装置がないようだ。それは視界が悪いときに安全に着陸するための必須の装備であるが、自動ブレーキのように後付けが難しく、コストもかかるので、今後どうしていくのか注目したい点だ。

 次に、価格の比較に移るが、スペースジェットはさらに厳しい現実がある。MRJの価格は約42~53億円で、最初に全日空(ANA)に納入する定価は約51億6600万円(4200万ドル)と伝えられている。

 実際には、国産初のジェット旅客機のANAやJALに購入してもらおうと、かなりの値引きを提案したといわれている。それでもエンブラエルE170の35億円、中国のARJに至っては30億円前後の安さとあって、MRJは高いという印象はぬぐえない。

 ちなみにボーイング737-800の価格が約51億円といわれていることから、はたしてスペースジェットはリージョナルジェットの価格帯化なのかと疑問視する見方もある。

三菱と日本国民の「上から目線」が迷走の原因

 私は2008年秋からエンブラエルのパイロット要員として県営名古屋空港にあるジェイエアで勤務を始め、翌2009年3月より機長として乗務を開始した。一方、三菱航空機のMRJ生産開発拠点はジェイエアの会社からわずか数百メートルの地にあった。

 そこで私が仮に三菱航空機のスタッフだとしたら、ライバルのエンブラエルのことは当然気になり、それを実際に操縦しているパイロットや会社から参考になる話を聞こうとするはずである。私は個人的には国産初のジェット機の開発に日本国民の一人として成功を願っていたし、聞かれれば協力したいと思っていた。

 たとえば、せっかく日本人を主にターゲットにした航空機を製造するのであるから、2人乗務のハイテク機の弱点でもある気圧システム(降下時に特に日本人は耳が痛くなりやすい)の改善や、エンブラエルの良いところなどをアドバイスしようと準備していた。それによって「MRJは耳にやさしいオペレーションを可能にしました」などと宣伝できれば、大きな「売り」になっていたことであろう。

 しかし私を含め、同僚のパイロットやジェイエアの会社にも一切のコンタクトはなく、のちに三菱のスタッフに聞いたところ、「JAL本社に一度話を伺ったことはある」との話であった。

 さて、三菱という会社は気位が高いというのが、業界の一致した見方である。よもや技術の高さや伝統にあぐらをかき、ブラジル製や中国製の航空機を軽く見ていたのではないか。

 そしてそれをバックアップする日本国民もどうであったか。三菱の「秘密主義」によってMRJの設計コンセプトや機材内容があまり表に出されていなかったとはいえ、「日本製だからブラジルや中国の製造する航空機よりもレベルは高いはずである」と思い込み、初飛行のときにはやれ雄姿がスマートだとか、騒音も少ないなどとマスコミもこぞって大騒ぎしていたではないだろうか。

 テレビでも、冷静にエンブラエルやARJ、それにCRJなどと比較分析するような番組を目にすることがなかったのを覚えている。スペースジェットは国産といっても機体の70%は輸入品で、電子部品なども米国コリンズ製のものをそのまま装着しているだけである。しかしそれらを使って組み立てても、日本製に変わりはない。

 一方、中国のARJについてはMDシリーズのコピーのような形状から、日本ではこぞって“バカ”にする風潮があるが、電子部品などはMRJ同様欧米の専門会社から取り寄せエンジンもGEのCF34-10とあって、機体が不安全なレベルとも言い切れないだろう。そして仮に米国などで型式証明が取れなくても、中国国内や影響のある国々では飛ばすことができる。中国の航空需要はアジア太平洋地域の4割を占めているので、十分にやっていけると踏んでいることだろう。何しろARJの価格は30億円前後と伝えられるように安い。

 スペースジェットは北米や中国でも、それなりの受注が見込まれていたはずである。はたして今となっては、販売上の「売り」が見当たらない状況で今後順調に受注をとっていけるかどうか。ボーイングが相次ぐ事故によって737MAXの呼称をやめ、別のネーミングにしようとしているが、同様にMRJをスペースジェットと名称変更しただけで、世界各国の顧客の目を向けさせることができるか疑問だ。

 今求められているのは安全性、快適性、経済性において他社をしのぐコンセプトと技術である。その答えが出されないまま、今さら国産発のジェット旅客機の開発をやめるわけにはいかないといった論理で突き進むと、どうなるか。当面は三菱グループの援助で事業の継続はできても、いずれは国の援助も必要となってくるかもしれず、そうなればツケは国民に回ってくることにもなりかねない。

 このような現状から今後を見通すと、残念ながら“勝負あり”といえるのではないか。ただし、もし三菱がスペースジェットについて世界のユーザーに至急「売り」になるような設計や装置の搭載などを進めることができれば、望みもないわけではない。

 まとめになるが、MRJの迷走がどうして起こったのかを考えると私の意見は次のとおりである。

 三菱はこれまで多くの航空機を国内向けに製造してきたが、それはJIS基準を満足すれば良いというものであった。しかし今般、米国での型式証明取得で国際基準による設計の壁にぶつかることになった。それはスコープ・クローズ同様、世界の航空界の情報収集の欠如に由来する。

 そして次に情報公開を渋る「秘密主義」によって、識者も国民も真実を十分に知らされず、国産初のジェット旅客機は世界でも通用するはずだとマスコミ挙げての一大キャンペーンが繰り広げられたことがアダとなった。

 私の周りにも、米国が型式証明を出さないのは日本に対する嫌がらせではないかと言う人も少なからずいる。こういう意見を聞くと、まさに先の大戦前夜と同じで、なんとも気持ちが悪くなってくる。三菱という大企業が情報を十分に出さず、国民はただ日本製の航空機は列強に引けを取らないと思い、マスコミは人気に便乗して一大キャンペーンを展開する。戦後70年、日本人の忘れ癖はそう簡単には変わることはできないだろうが、戦後初めての国産旅客機で名機とまでいわれたYS-11の失敗があったことも、忘れてはならないだろう。

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

1946年、愛知県生まれ。1969年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、日本航空に入社。DC-8、B747、エンブラエルE170などに乗務する。首相フライトなど政府要請による特別便の経験も多い。B747の飛行時間では世界一の1万4051(機長として1万2007)時間を記録し、2011年10月の退役までの総飛行時間(全ての機種)は2万1000時間を超える。安全推進部調査役時代には同社の重要な安全運航のポリシーの立案、推進に従事した。現在は航空問題(最近ではLCCの安全性)について解説、啓発活動を行っている。また海外での生活体験を基に日本と外国の文化の違いを解説し、日本と日本人の将来のあるべき姿などにも一石を投じている。日本エッセイスト・クラブ会員。著書多数。近著に『航空運賃の歴史と現況』(戎光祥出版)がある。
Hiroshi Sugie Official Site

Twitter:@CaptainSugie

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