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杉江弘「機長の目」

羽田・都心新ルート、非常識な「降下(進入)角3.5度」で事故多発の危険発覚…国交省の暴挙

文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長
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新飛行経路の詳細(サイト「羽田空港のこれから」<国土交通省>より)

 東京の都心上空を進入経路とする新ルートについて、国土交通省は最後になって降下角をこれまでの3度から3.5度に引き上げると表明した。「最後になって」という意味は、新ルートを来年3月末からの夏ダイヤから実施するためには、計器飛行に必要な設備の電波の検査飛行や、世界各国への告知などの手続き上、正式決定のタイムリミットが今年8月だったからである。

 これまで政府与党や東京都は、住民への十分な説明と不安解消にさらなる努力が必要とし、品川・渋谷両区議会は新ルートの撤回、見通しを求める意見書を全会一致で決議していた。しかし、8月7日、国土交通省は東京都副知事と関係自治体の区長を集めた会合で「さらなる騒音対策」を追加することで新ルート案の了承を求め、特に反対意見は出なかったとして、自治体への説明は終了したとして正式決定したのである。

 そこで一般にはなかなか理解できない「3.5度の進入角」とはどのようなもので、それがもたらす安全上の問題と、それによる騒音軽減効果について解説してみたい。

3.5度はパイロットにとってジェットコースターのような急降下

 世界の大空港ではほぼ100%、計器での進入角は3.0度が標準となっている。一般の方にとっては、新ルート案でこれまで国土交通省が示していた世界標準の3.0度からわずか0.5度の引き上げは大したことはないのではと思われるだろう。

 しかし、コックピットから滑走路を見ると、それは極端に言えば別世界の見え方となり、「3.5度の角度で降りて行け」と言われれば操縦操作は非常に難しくなり、最後のフレアーと呼ばれる接地のための機首上げ操作はかなりの技量が求められる。このことに異論のあるパイロットはいないだろうし、そもそも世界中のパイロットは全員が経験したことさえないものだ。

 国土交通省は、3.5度は稚内空港とサンディエゴ空港に例があると主張するが、稚内空港についていえば東に高い山がある関係で設定されているが航路に住宅地も少なく、米国のサンディエゴ空港については、デルタ航空のパイロットによれば、大型機はほとんど飛来せず進入域には人口密集地がない。しかも実際には有視界飛行で降下角を低くして進入しているという。このようにローカル空港や大型機の飛来しない空港を例に「羽田でも大丈夫」と主張する国土交通省は、本当にその危険性をわかっているのかと疑いたくなる。

 そもそも世界の大空港では1978年以来、進入角について安全性と騒音の問題から検証を重ねた結果、3.0度が適当として今日ではそれが常識となっている。つまり、パイロットにとって進入角は浅くなればなるほど着陸はやさしくなるが、障害物や騒音との兼ね合いから決められたものなのだ。そのような理由から航空会社のパイロットの訓練は3.0度で行われ、世界の大空港にフライトしても3.0度以外はなく、例外としてフランクフルトの3.2度があるくらいだ。ちなみに世界一着陸が難しいといわれた香港の(旧)啓徳空港の香港アプローチでも、3.1度であった。

着陸事故が多発する理由

 さて、進入角を3.5度にまで引き上げることによって、どのような事故が起きる可能性があるかといえば、まず第一に「しりもち事故」である。

 パイロットは3.0度のときよりも滑走路上空で、これまでより高い高度からフレアーと呼ばれる着陸操作を行う必要がある。この場合、急降下状態での機首の角度と、接地時の最終的な機首上げ角度との差が通常より大きくなる。そのためフレアー操作のタイミングによっては航空機の尾部が滑走路に接触し、ときに外板が破壊される事故にもつながりかねない。

 一般にスムーズな接地ともなれば、尾部と滑走路との間隔は1メートル未満になることもあり、胴体が延長されたストレッチタイプの航空機ではさらに危険性が増す。しりもち事故は5月のロシア機の炎上事故で41名が亡くなった例や、修理ミスによって後に墜落事故につながったJAL123便(御巣鷹山)事故などが続いたように甘く見てはならない。

 3.5度の進入によって考えられる次の危険性は、同じくパイロットが適切な着陸操作ができず地面にたたきつけられるハードランディングだ。私は航空会社の安全推進部で研究していたときに、自社や他社のハードランディング事故を集約して、その撲滅運動を主導した経験がある。そのなかで主車輪と前輪が同時に地面にドカンと着く3点着陸などによって、主翼前方のセクション41と呼ばれる胴体部分にひび割れが発生する事例を多く見てきた。乗客としてもスムーズな着陸とドシンという着陸があるのはおわかりいただけるだろうが、それはパイロットの技量の差によるものがほとんどである。

騒音は本当に減るのか?

 次に、新ルートに3.5度の進入角を新たに導入すると、これまで新宿付近で約915メートル、渋谷・恵比寿・麻布付近で約610メートル、大井町付近で約305メートルと東京タワー(333メートル)より低高度で進入する案であったものが、それがそれぞれ1037メートル、701メートル、335メートルと高度がやや高くなる。

 では、それによって実際に騒音がどれくらい減るのか。不思議なことに国土交通省は肝心な数値を発表していないのである。唯一参考データとして出されたものによると、新宿付近で3000フィート(約1000メートル)を4000フィート(約1300メートル)に引き上げると、2~4デシベル音が低くなるとしている。それが本当だとすれば、大井町付近では高度差から計算すると0.2~0.4デシベル程度の効果しかないということになる。

 音響の専門家や伊丹空港付近の住民の証言によれば、人間の耳で明らかに音が変わったと感じるのは約4デシベル以上の変化だといわれている。したがって大井町付近で0.2~0.4デシベルの軽減だと仮定すると、地上住民が感じる騒音には変わりはないということになる。さらにIFALPA(国際定期航空操縦士協会連合会)の調査によると、進入角を引き上げても騒音値が低くなるというデータは得られなかったという。

最大80デシベルという値には科学的根拠がない

 国土交通省が示した案によると、ボーイング777クラスの航空機で大井町付近の騒音は最大で80デシベルとされている。しかし私が担当者たちに確かめると、このデータは日本各地の飛行場で収集したデータを参考に決めたものだと答えた。その根拠となる便ごとの着陸重量や使用フラップの角度に関するデータについては、コメントがなかった。エンジンの音は着陸重量や2種類あるフラップの角度によって異なるが、そのデータや計算方法を答えてくれないのである。各地のデータを参考にしたといわれても、何もわからないままだ。

 そもそも、最大80デシベルというのもパイロットの常識から大きく外れている。というのも進入時を含め、エンジンの出力はスラストレバーで調整するのであるが、風や気温の変化、それに進入角の調整などで実際にはスラストレバーを大きく出したり引いたりして進入する。必要に応じてスラストレバーを大きく出すと、80デシベルをはるかに超える音が出る。この事実は国土交通省の責任者も認めている。騒音値を科学的に示すには実機を飛ばすかシミュレーターでエンジンデータを取り、その解析を専門家に依頼するしかないが、国交省はそのいずれも行っていないのだ。これでは、これまで示してきた騒音値はすべて机上の空論でしかないといわざるを得ない。

なぜ実機を飛ばして検証しないのか

 国土交通省は決定表明からさっそく、8月30日に計器飛行のための電波や管制レーダーの機能を確認するため、小型機での検査飛行を開始した。これは12月まで何度となく早朝に実施されるという。そして乗客を乗せた民間機は来年1月末に試験飛行として実施すると発表された。

 しかし、その時期にはAIP(航空路誌)という進入チャート類を世界の航空当局と航空会社に通知しなければならない。AIPは試験飛行後に発行される性格のものであるから一体、その時期の試験飛行で何を確認しようとしているのか、さっぱりわからず、順序が逆である。しかも1月下旬といえば、冬季で北風が毎日吹く季節である。そのときに北側から進入すればテールウインド(背風)により速度が増し、エンジンの出力も抑えられるために新ルートを実施する夏季の状況とは大きく異なり、騒音値も実態と合わなくなる。試験飛行を行うのであれば、南風の多い現在以外ない。

 国土交通省の責任者に「なぜ今、試験飛行をやらないのか」と聞くと、その時間帯に羽田に飛来する民間航空機を制限する必要があるからだという。しかし、それは来年1月下旬でも同じことではないか。試験飛行の時間に着陸予定の便を調整するには、かなり前から日時を決める必要があり、1月下旬のある日、突然南風が吹きだしたからすぐ飛ばそうという性格のものではない。

 結局のところ、実際に旅客機を飛ばしたら騒音の大きさを住民が実感し、落下物の可能性もあるのでそれを避けたいのが本音なのではないか。騒音問題については、その地域住民がどうとらえるかという問題なので、その値の評価については私はコメントする立場にはない。しかし、世界の大空港のどこを見渡しても存在しない3.5度という進入角には、異議を唱えざるを得ない。

 ある信頼できる情報筋から聞いたところ、国土交通省は全日空(ANA)と日本航空(JAL)の責任ある何人かのパイロットたちに3.5度について聞き取りをしたところ、ひとりとして賛成と答えなかったという。それなのに国土交通省はシミュレーターを使った実験で問題なくやれると言い、JALの赤坂祐二社長も3.5度でもできると表明した。あくまで主観であるが、社長自身もパイロットからのヒアリングで、本当は一抹の不安を感じているのではないか。

 歴史を振り返ると、前述の香港の啓徳空港は着陸が難しいため、JALでは特殊空港のひとつとして香港線を乗務するパイロットには実機での訓練を行い、教官がOKと認定したパイロットしか香港線の乗務ができなかった。私も現地で始発便の前にタッチアンドゴーを何度もやらされ、認定を受けてからそれ以後、何百回も香港線に乗務した経験がある。この話をもとに、国土交通省に「3.5度の進入について日本を含む世界のエアラインにパイロットの訓練をさせるつもりはあるのか」と質問してみたが、特に考えていないとの返答であった。これでは世界中から一度も3.5度という急角度の進入を経験したことのないパイロットが配布されたチャートを見るだけで、しかも初めて目にする都心上空から着陸することになる。

 正直に言って、世界のエアライン(LCCを含む)のパイロットには技量に問題がある者も多く、それは直近の数多くの着陸事故例からも断定できる。AIPとして世界に公示する進入方式は、どのようなレベルのパイロットでも実施できるものであるべきで、一部の優秀なパイロットがその技量を発揮してなんとかできるという性質のものであってはならない。

 3.5度の進入方式は、やめたほうが良い。関係者は今一度、乗客の命を最優先するという立場で再検討するべきと忠告しておきたい。

 そして最後に指摘したいのは、3.5度という非常識な進入方式を国交省の官僚中心で決めたというプロセスである。彼らはおそらく机の上で3.5度で作図して、「これなら各地点で何メートル高くなるので自治体側の了解を取り付けることができる」と考えたのであろう。これでは秋田県のイージスアショア配置で行ったプロセスと同じではないか。科学を冒とくし、長い間、航空関係者が着陸事故をなくすため努力してきた歴史を一瞬にして帳消しにする行為であり、恥ずべき行為である。

 2020年3月末からは、「羽田空港は世界で一番着陸が難しい空港」といわれるようになるのは必至である。

(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

1946年、愛知県生まれ。1969年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、日本航空に入社。DC-8、B747、エンブラエルE170などに乗務する。首相フライトなど政府要請による特別便の経験も多い。B747の飛行時間では世界一の1万4051(機長として1万2007)時間を記録し、2011年10月の退役までの総飛行時間(全ての機種)は2万1000時間を超える。安全推進部調査役時代には同社の重要な安全運航のポリシーの立案、推進に従事した。現在は航空問題(最近ではLCCの安全性)について解説、啓発活動を行っている。また海外での生活体験を基に日本と外国の文化の違いを解説し、日本と日本人の将来のあるべき姿などにも一石を投じている。日本エッセイスト・クラブ会員。著書多数。近著に『航空運賃の歴史と現況』(戎光祥出版)がある。
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Twitter:@CaptainSugie

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