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楽天モバイル基地局、マンション住戸の真上に新規設置で住民が反対…健康への影響を懸念

文=黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者
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楽天の三木谷浩史社長(撮影=編集部)

 東京都内のIT企業でAI(人工知能)の開発に携わっている中国人の柳大海(仮名、38歳)さんは、3年ほど前に東京都大田区南六郷にある分譲マンションを購入した。そこは京浜急行の雑色駅から徒歩で10分、民家や中層のビルが建ち並ぶ住宅街である。

 柳さんの住居は、7階建てマンションの最上階である。2LDK。広々としたルーフバルコニーもある。築20年ほどの中古物件だが、物件管理が行き届いているので、新築のような印象がある。柳さんは月々約10万円のローンを返済している。柳さんは20代のときに仕事で来日し、その後、職能を高く評価されて日本企業に転職した。日本の生活にもなじみ、永住するつもりでマンションを購入したのである。

 その柳さんに不穏な話が持ち上がったのは、今年の8月だった。楽天モバイル(以下、楽天)が柳さんの住居の真上に通信基地局を設置する計画を、マンションの管理組合に打診してきたのだ。柳さんが言う。

「基地局を設置された場合、最も心配なのはマイクロ波による健康被害です。わたし自身も不安になりますし、将来、結婚して子供ができたとき、安全を考えて、子供をルーフバルコニーで遊ばせることができなくなります」

 柳さんはIT関係の仕事に携わってきた関係で、マイクロ波による人体への影響をある程度知っていたという。楽天による基地局設置計画が浮上した後、マイクロ波について詳しく調べ、筆者に相談してきたのだった。筆者は事情を聴取した後、中国における電磁波問題について尋ねてみた。

「中国では、民家の屋根に基地局を設置することはありますか」

「それはあり得ませんね」

 筆者は何度か中国へ行ったことがあるが、公共のビルの屋上にまとめて基地局が設置されている光景は目にするが、住居の屋上に基地局が設置されている光景は見たことがない。

 実は、柳さんが直面している基地局設置をめぐるトラブルは、日常的に起きている。たとえば、今年の3月にも柳さんとまったく同じトラブルが発生した。

 電話会社はKDDIだった。日本人とフィンランド人の夫婦は、柳さんと同様にマンションの最上階に住んでいる。ルーフバルコニーもある。眼下に積み木を散りばめたような街が広がり、遠方の景色がにじんで空に接している。素晴らしい住環境だ。夫妻は自分たちの住居を守ろうと基地局設置に反対したが、管理組合の議決で設置が決まり泣き寝入りするより仕方がなかった。妻のクリスティーさんは納得できず、こんなふうに言った。

「フィンランドでは民家の直近に通信基地局を設置することはありえません」

 この件では、警察が出動する騒ぎになった。

 筆者も2005年ごろに同じトラブルを体験した。マンションを買った数カ月後に、筆者の住居の真上にNTTドコモとKDDIが基地局を設置する計画を打診してきたのだ。そのときは、管理組合の決定で設置を阻止した。計画の中止が決まるまで眠れなかった。これは誰にでも降りかかってくる大問題なのである。筆者は柳さんに尋ねた。

「基地局が設置されてしまった場合は、どうしますか」

「打つ手がありません。資産価値が下がってしまわないかが心配です」

 ちなみに、基地局が設置されたために不動産価値が下がったというデータはないが、そうした不安を持ってしまうのも当然といえよう。

 分譲マンションの場合、ベランダや屋上は共有スペースなので、マンションの管理組合が用途を決める権限を持っている。管理組合の決議で基地局設置に賛成する住民が多数を占めれば、たとえ設置場所が自宅の直近であっても、住人は設置を阻止することができない。設置工事が断行されてしまう。

 柳さんのケースのように、たとえ高額な資金を投じて、「一生一度の買い物」をしても、ひとたび基地局が設置されることもあり得るのだ。特に電磁波過敏症の人は、耐えがたい生活環境に投げ込まれる。

世界一規制が緩い日本の電波防護指針

 凄まじい勢いで、通信基地局網が広がっている。

「総務省は16日、第5世代(5G)移動通信システムの通信網に使う基地局について、2023年度末の整備計画を当初の3倍となる21万局以上に引き上げる方針を示した」(6月17日付IT media NEWS記事より)

 通信基地局から放射されるマイクロ波が人体に及ぼす影響は、日本ではあまり話題にならないが、海外、特にヨーロッパではその危険性が指摘されてきた。ただ、規制値についてはダブルスタンダードになっている。日本と同様に、ヨーロッパ諸国においても国が定めている規制値は、緩やかな傾向にある。規制に消極的だ。

 その一方で、自治体が独自の厳しい規制値や勧告値などを設けるようになった。その背景には、マイクロ波の安全性に関する専門的な調査・研究が進んで、遺伝子毒性(細胞のDNAや染色体の構造や量を変化させる性質)など人体への影響が問題視されるようになった事情がある。その結果、国と地方自治体の間で規制値がダブルスタンダードになる現象が起きているのである。

 たとえばイタリア、ロシア、ウクライナなどの例外を除いて、ほとんどの国が900μW/平方センチメートル(1平方センチメートルあたりの断面を通過する電力の密度を表す単位。数値が高いほど熱量も多い)ぐらいの規制値を定めているが、欧州評議会が独自に定めている勧告値は、0.1μW/平方センチメートルである。桁外れに厳しい。

 日本は、1000μW/平方センチメートルであるから、欧州評議会の勧告値よりも1万倍も規制が緩やかだ。米国と並んで、世界で最も規制が緩い。ちなみに中国の規制値は、40μW/平方センチメートルで、日本の25分の1である。

 しかも、日本の場合、1000μW/平方センチメートルという基準が定められたのは、30年前の1990年である。その後、マイクロ波のリスクに警鐘を鳴らす研究結果が次々と公表されてきたにもかかわらず、総務省が新しい研究成果に基づいて規制値を更新したことはない。5Gの普及を進めたい産業界の要望を優先しているという見方もある。

 ちなみに世界の著名な研究者がまとめた「バイオイニシアティブ報告・2012年度版」は、次のようにマイクロ波の危険性を指摘している。

「2007年以降、携帯電話基地局レベルのRFR(筆者注:無線周波数電磁波)に関する5つの新しい研究が、0.001μW/cm2から0.05μW/cm2よりも低い強度範囲で、子どもや若者の頭痛、集中困難、行動問題、成人の睡眠障害、頭痛、集中困難を報告している」(監修:荻野晃也、訳:加藤やすこ)

 ラットを使った実験で、マイクロ波に遺伝子を破壊する作用があることが、米国の国立環境衛生科学研究所のNTP(米国国家毒性プログラム)の最終報告(2018年)で明らかになっている。こうした流れを受けて、海外では5Gの計画を見直す自治体も現れている。その実情は、浜田和幸氏の記事『5G、重大な健康被害示す研究相次ぐ…世界で導入禁止の動き、日本では議論すら封印』に詳しい。

健康リスクよりもマンション管理費の軽減を重視?

 柳さんは基地局設置計画の中止を希望しているが、楽天は応じていない。というのも前述のとおり、基地局の設置場所は、柳さん自宅の真上とはいえ、マンションの共有スペースであるからだ。通信基地局の設置を許可するかどうかの決定権が管理組合にあるからにほかならない。

  楽天は、10月4日に住民向けに説明会を開いた。しかし、70世帯のうち参加者は7、8人だったという。大半の住民は電磁波問題に関心がないのだろう。前出のケースでも、電話会社による説明会に参加した住民は限られていた。しかも、設置にはっきりと反対したのは、基地局設置場所の直下に住む夫妻だけだった。

 柳さんが言う。

「マンションを購入した時、こんなトラブルに巻き込まれるとは想像もしませんでした。良好なマンションを探すために3年ぐらいの時間をかけました。ローンもまだ30年ぐらい残っています」

 管理組合は総会を開いてこの問題の議決を下すことになる。70世帯のうち設置に反対する票数が4分の1を超えなければ基地局の設置が決まる。その4分の1の票を集めるのは容易ではない。楽天が人体に対する安全性を公言しているうえに、大半の住民がマイクロ波による人体影響を知らないからだ。

楽天モバイルの見解、「人体への影響はない」

 筆者は、この案件を担当して管理組合と折衝してきた楽天モバイルの社員に、この問題について電話取材をした。以下、会話の要旨である。

楽天:この件については、理事会(筆者注:管理組合)と話し合いをさせていただいております。

筆者:理事会の決議に従うということですか。

楽天:はい。

筆者:そうすると住民個人には配慮しないということですか。たとえば最上階の住民は、電磁波の影響を受けると思いますが、その人たちにはまったく配慮せずに組合の決定で決めるということでいいですか。

楽天:われわれはしかるべき手続きを踏まえて理事会様とお話をさせていただいております。

筆者:住民個人には配慮しないということですね。

楽天:それも含めましてきちんとお話をして、しかるべき手続きを踏んでいます。

筆者:組合の議決に従うということであれば、組合が設置を認めれば、個人には配慮しないということですね。

楽天:総会での住民の意思決定によって、決めるということです。

筆者:最上階に住んでいる人は被害を受けることになりませんか。

楽天:われわれとしては人体への影響はないということを踏まえてお話をさせていただいております。

筆者:人体に影響がないという根拠はなんですか。

楽天:それについてはわれわれのホームページを見てください。

筆者:よく見ています。総務省の基準を守っているから大丈夫だということですか。

楽天:そうですね。

筆者:総務省の基準を守っていると、なぜ安全なんですか。

楽天:国が定めている基準だから、ということです。

筆者:ただ、この電波防護指針は1989年に制定されたもので、30年以上も更新されていません。それでも安全なんですか。

楽天:われわれは国の基準の50分の1以下の電波の強さで、今、運用しています。

筆者:今現在は50分の1で運用されているということですか。

楽天:はい。国が出している基準の50分の1です。

筆者:1000 μW/平方センチメートルの50分の1(注:20 μW/平方センチメートル)ということですね。

楽天:はい。

筆者:欧州評議会の規制値は0.1μW/平方センチメートルですが。

楽天:わたしは営業の立場で、そのような問い合わせを受ける立場にはございません。

楽天モバイル広報部の見解

 筆者は楽天モバイル広報部へも問い合わせたが、回答は次の通りである。

(1)貴社ご担当者は基地局を設置するかしないかは、管理組合の判断に委ねると説明されています。電磁波の影響を直接受ける可能性がある住民個人の権利については、どのようにお考えでしょうか。

【楽天の回答】

各置局候補地のオーナー様には、弊社から十分にご説明をさせていただいたうえで、最終的な基地局設置可否は管理組合等のご判断にお委ねしております。

(2)総務省の電波防護指針が安全だと考える根拠を説明してください。

【楽天の回答】

総務省の定める指針につきましては、弊社はコメントする立場にございませんので、回答を差し控えさせていただきます。

(文=黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者)

黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者

黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者

1958年、兵庫県生まれ。ジャーナリスト。ウェブサイト「メディア黒書」の主宰。1992年、「説教ゲーム(改題「バイクに乗ったコロンブス」)」でノンフィクション朝日ジャーナル大賞「旅・異文化」テーマ賞を受賞。1998年、「ある新聞奨学生の死」で週刊金曜日ルポルタージュ大賞「報告文学賞」を受賞。
主な著書に著書に、『ぼくは負けない』(民衆社)、『バイクに乗ったコロンブス』(現代企画室)、『新聞ジャーナリズムの「正義」を問う』、『経営の暴走』(リム出版新社)、『新聞があぶない』、『崩壊する新聞』、『新聞の危機と偽装部数』、『あぶない! あなたのそばの携帯基地局』、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々』(花伝社)、共著に『ダイオキシン汚染報道』(リム出版新社)、『鉱山の息』(金港堂)などがある。

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