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藤和彦「日本と世界の先を読む」

米国バイデン政権、MMT採用か…“新ニューディール政策”で国民の就業保証の可能性

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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ジョー・バイデン氏のツイッターより

 米国のドナルド・トランプ大統領はいまだ敗北を認めていないものの、ジョー・バイデン氏が次期大統領に選出されることがほぼ確実な情勢になった。トランプ政権が移行のためのプロセスに非協力であるとのハンデはあるものの、バイデン陣営は政権発足に向けて着々と準備を進めている。

 バイデン氏の選挙中のスローガンは、「Build Back Better(よりよい社会を取り戻そう)」であった。バイデン氏は民主党の中道派に属するとされているが、その公約はかなり左傾化している。今回の民主党の大統領予備選挙の前半、「民主社会主義者」を自認するサンダース上院議員やウォールストリートから敵視されているウォーレン上院議員などが活躍したことからわかるように、バイデン氏は左派の支持を得られなければ、民主党の大統領候補に選出されることがなかったからである。

 左傾化の傾向を強める民主党内からは支出拡大の声が強く、バイデン氏は、大統領1期目の4年間で総額2兆ドル規模の財政支出を行うと表明している。世論調査によれば、バイデン氏が掲げた2兆ドルの経済プログラムに対して国民の3分の2が賛成している(11月6日付NewsSocra)。

 バイデン政権に関する人事についての観測も出てきているが、そのなかで筆者が関心を持っているのはサンダース氏の処遇である。サンダース氏は11月11日、入閣要請があった場合、労働長官就任に応じる考えを明らかにした。「大変な苦境にあるこの国の働く家族を守るため、私にできることならなんでもしたいと思っている」と述べるサンダース氏だが、彼の経済政策顧問を務めるのはMMTを提唱するケルトン・ニューヨーク州立大学教授である。

「反緊縮」は世界的潮流

 日本でもMMTが話題になっているが、簡単に説明すれば「自国通貨建ての国債を発行している政府は、財政赤字を心配する必要はない。高インフレの懸念がない限り、完全雇用の実現に向けて積極的な財政政策を行うべきである」とする考え方である。

 国と地方を合わせた公的債務残高のGDP比が240%に達した日本では、大方の人々の頭の中に「財政赤字=悪」が刷り込まれているが、赤字を減らすべきなのはあくまでも個人や企業の話である。通貨を発行する権能を有する政府が、自国通貨建ての国債を無制限に発行したとしても、インフレは起きることはあってもデフォルトに陥ることは制度上ありえない。

 日本ではいまだに緊縮を唱える専門家が多いが、世界的な潮流は「反緊縮」が優勢になりつつある。米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は6月16日の米上院委員会で「財政悪化を懸念するのではなく、今は歳出増で経済再生を優先すべきである」とした上で、「米国の強力な財政余力を使うべきときである。我々もやれるべきことはやる」と財政出動を求めている。金融政策の限界が見えているからだが、その際重要なのは「賢い使い方」、すなわち必要と見込まれる分野に対し選択的に財政支出をすることである。

 日本ではあまり指摘されることはないが、MMTはマクロ経済政策の中軸に「就業保証プログラム」を据えている。就業保証プログラムの前例として挙げられるのは、1930年代の大恐慌期に実施されたニューディール政策である。その実施機関である公共事業促進局(WPA)は、学校、病院、図書館、郵便局、橋、ダムなどの公共施設を建設することで、800万人以上の雇用を創出したといわれている。作家、俳優、音楽家などの芸術分野でも数千人分の雇用が生まれたという。

ケアエコノミーの実現

 前述のケルトン氏は、「地域密着型の公共サービス雇用制度」を提案している。その究極的な目標は「ケアエコノミーの実現」である。人々、コミュニティーなどをケア(世話)するための具体的な仕事の内容を決めるのは、その恩恵に享受できる地域の人々自身である。時給15ドル以上の賃金を提供する(就労形態は自由)ための財源は、中央政府(労働省)が確保する。基礎自治体は、コミュニティーのパートナーと協力して、仕事の案件のストックをつくり、さまざまなスキルや関心を持った失業者に対して適切な仕事が提供できる体制を整備する。

 民間企業にとっても保証制度の賃金にわずかなプレミアムを支払うだけで、このプログラムが提供する「労働力プール」から必要な人材をいつでも採用することができるというメリットがあるという。

 MMTの就業保証プログラムの要諦は、政府が「最後の雇用者」としての役割を果たすことなのである。残念ながら現在の政治情勢では、サンダース氏が労働長官に任命され、米国で就業保証プログラムが実施される可能性は高くないが、大統領選挙までに追加経済対策が成立しなかったことから、年末に向けて米国経済が急速に悪化するとの懸念がある。そうなればニューディール期と同様の政策が実現するかもしれない。

 翻って日本の状況を見てみると、コロナ禍の悪影響が雇用市場に及びつつあることに加え、多死社会が到来しつつある日本で何より大切なのは「誰もが安心して死んでいける」環境の整備である。厚生労働省は、重度の要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、「地域包括ケアシステム」を2025年までに実現することを目標にしているが、終末期医療や介護分野の人材の処遇改善、さらには有償ボランティアの確保の観点から、日本もMMTの就業保証システムの導入を真剣に検討すべきではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

(参考文献)ステファニー・ケルトン著『財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生」早川書房

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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