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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

自動車価格は10年後に5分の1、太陽光パネル価格は限りなくゼロに…戦後最大の変化

文=加谷珪一/経済評論家
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「Getty Images」より

「2030年に自動車の価格は現在の5分の1程度になる」という日本電産トップの発言が大きな話題となっている。電気自動車(EV)へのシフトで価格破壊が起こるのは、以前から確実視されていたが、日本を代表する企業トップが公言したことで、いよいよ現実的な段階に入ってきた。

 実は、価格破壊が発生するのはEVだけではない。EVとの関係性が密接な再生可能エネルギーの分野においても、似たような状況が発生する可能性が高い。安倍政権が脱炭素に消極的だったこともあり、これまでの日本社会は、再生可能エネやEVへのシフトについて見て見ぬフリをしてきた。この間、日本における関連技術の開発は周回遅れとなり、このままでは次世代の産業社会において致命的な事態となりかねない。日本は一刻も早く、EVと再生可能エネへの投資に全力を注ぐべきだろう。

自動車の産業構造が根本的に変化

 日本電産の永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)は、新聞社が主催する「世界経営者会議」で講演し、EVの本格的な普及によって「2030年に自動車の価格は現在の5分の1程度になるだろう」と述べた。

 EVはガソリンなどを用いる内燃機関の自動車と比較して構造が単純であり、しかも基幹部品のモーターとバッテリーは汎用性が高い。このため、製造コストの劇的な低下が予想されており、自動車業界においても、いわゆる「価格破壊」が起こると言われてきた。

 汎用部品の登場で価格破壊が起こると、産業構造も大きく変わる。

 産業構造には大きく分けて2つの形態がある。ひとつは垂直統合、もうひとつは水平分業である。垂直統合とは、開発から部品の調達、製造、販売など、あらゆる階層の業務に関して1社が管理する形態を指す。完成品メーカーを頂点とする階層構造になるので垂直統合と呼ばれる。一方、水辺分業は、階層ごとに特定の寡占企業が製品を提供し、どの完成品メーカーも共通化された部品を使って製造する。

 自動車産業は典型的な垂直統合モデルと言ってよく、トヨタの傘下にある企業は、一部の例外を除いて他のメーカーとは積極的に取引しない。一方、パソコンは水平分業になっており、各部品を製造するメーカーは汎用品を複数の完成品メーカーに提供する。部品メーカーは価格勝負となるので、最終的には1もしくは2社などの寡占市場になることが多い。

 電気自動車の基幹部品は電池とモーターであり、これらは最初から汎用性が高い部品と言ってよい。EVシフトが進むと、自動車の産業構造も垂直統合から水平分業への移行を余儀なくされる。

 EV用のバッテリーは今のところ高価だが、今後、EV需要が飛躍的に伸びる可能性が高まっており、巨額の先行投資が行われる可能性が高い。結果として、安価なバッテリーが大量供給され、自動車全体のコストも劇的に下がる。永守氏が指摘しているのは、こうした流れが本格化したという現実である。

 この話は誇張でも何でもなく、すでに確実視された未来と言ってよい。日本経済は、自動車産業に大きく依存しており、この業界に価格破壊が訪れた時の影響は極めて大きい。「EV化など先の話」「すべてがEVになるわけではない」といったたわ言はもはや通用しないと思ったほうがよいだろう。

主要国すべてがEV化に舵を切り始めた

 今後、飛躍的にEV市場が伸びる可能性が高まっているのは、脱炭素をめぐる国際的な動きが本格化しているからである。

 これまで脱石油を目指す動きは欧州が中心となっており、各国は2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにすることを共通目標として掲げていた。だが、積極的なのは欧州勢だけであり、新興国だった中国はより現実的な目標を望み、米国に至っては脱石油に否定的という状況で、議論はあまり進展していなかった。

 だがここ10年で状況は一気に変わった。EVや再生可能エネに関する画期的なイノベーションが相次ぎ、脱炭素が現実的なソリューションとなった。当初、大胆な削減目標の設定に消極的だった中国も、今年9月に2060年までに温室効果ガスの排出をゼロにする方針を表明している。

 日本は当初、積極的に環境問題に取り組むと主張し、安倍前首相は「日本が環境分野で世界をリードする」とまで宣言していた。ところがトランプ政権が脱炭素に否定的だったことから安倍政権はトランプ氏への忖度を最優先し、従来の方針を事実上撤回し、環境問題には消極的になってしまった。このため日本は、再生可能エネやEVに関する取り組みで大きく出遅れてしまった。

 政府もようやくこの状況に気付き、菅義偉新首相は安倍政権の方針を180度ひっくり返し、2050年までの排出量ゼロを表明。ようやく日本も国際的な流れに沿った政策の実施が決まった。

 菅氏の所信表明演説が行われてからほどなくして、米大統領選で脱炭素を公約に掲げるバイデン氏の勝利がほぼ確定し、これによって、日米欧中の4極がすべて脱段素に向けて動き出す環境が整った。政策面での後押しある以上、EV化の流れは確実というのが関係者の一致した見方であり、そうであればこそ永守氏も大胆な発言を行っている。

 永守氏は、EVシフトによって自動車の価格が5分の1に下がると述べているが、実はこの動きは自動車の価格だけにとどまる話ではない。再生可能エネの発電コストについても同じことが言えるのだ。

同じことが再生可能エネの分野にも…

 現時点では、再生可能エネの発電コストは、既存の火力発電所よりも高いとされているが、この常識は大きく変わりつつある。太陽光パネルの普及による価格低下によって、太陽光発電所の建設コストが大きく下がっており、気象条件がよい場所では、すでに太陽光発電所と火力発電所のコストは逆転している。

 この話をすると、快晴が少ない日本ではこの理屈は当てはまらないという反論のための反論が出てくるのだが(こうした主張をする人はなぜか激高している)、この理屈も成立しなくなる可能性が高いだろう。その理由は、先ほどのEVにおける価格破壊のメカニズムが、再生可能エネの分野にも波及するからである。

 コンピュータに使われるメモリや記憶装置の容量あたりの価格は、30年で1万分の1まで下落している。簡単に言ってしまえば、30年前との比較で、価格が100分の1になり、一方処理能力は100倍になった計算である。パソコンは全世界的に普及する可能性があったことから、各社は研究開発と設備投資に驚くべき金額を投じ、結果的に劇的な価格破壊が起きた。

 世界の自動車がEVに置き換わる需要は莫大であり、これが価格破壊を引き起こす言動力となるのだが、この話はエネルギー分野にもあてはまる。太陽光発電の場合、理論上、地球上のすべての家屋にパネルを設置することができるので、潜在的な市場規模は事実上、無限大となる。経済学的にはこうした市場では限界コストがゼロとなり、製品価格は限りなくゼロに近い水準まで下落する可能性が高い。

 つまり、太陽光パネルのコストはここからさらに劇的に下がる可能性があり、価格が限りなくゼロに近づけば、悪天候が続く地域であっても、理論上、採算が合うことになる。

今回、失敗すると「次」はもうない

 加えて言うと、再生可能エネについて普及のカギを握っているのは、送電を制御するITインフラの整備である。実は自動車も同じ流れになっており、自動運転や各種サービスとの融合など、ITインフラとの関連性が高まっている。

 つまり、EV化の流れと再生可能エネへのシフトはバラバラな現象ではなく、ITインフラを基軸にした共通の動きと捉えたほうがよい。

 日本社会は、これまで再生可能エネやEVシフト、そしてビジネスのIT化に拒否反応を示し、現実から目をそらしてきた。この10年のイノベーションに出遅れたことはかなりのマイナス要因となっているが、今ならギリギリのタイミングで間に合う。

 一連の変化は、戦後では最大級となる可能性が高く、この流れに乗り遅れた場合、産業の基幹部分を海外企業に握られ、日本は国際競争力を一気に失うことになるだろう。

 バブル崩壊の処理とその後の展開に出遅れたことを第2の敗戦と捉える見方があるが、今回、失敗すれば、それは3度目の敗戦となり、もはや打つ手がなくなってしまう。日本経済あるいは日本の産業界にとっては最後のチャンスといってよいだろう。

(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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