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中野区、奇抜すぎる図書館が物議…ツタヤ図書館インスパイア系、10mの高層書架

文=日向咲嗣/ジャーナリスト
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中野区、奇抜すぎる図書館が物議…ツタヤ図書館インスパイア系、10mの高層書架の画像1
中野東図書館

<7階の天井から9階にかけて吹き抜けになった場所に、高い高い本棚があります。(高所恐怖症のスタッフは見上げるだけでもドキドキです……)>

 来年2月1日にオープン予定の東京・中野区立図書館の公式アカウント「100日後に開館する中野東図書館」の、そんなツイートが話題を呼んでいる。

 この投稿に添付されたのは、3階上の天井に向かってそびえ立つ超高層書架の写真。高さは、ゆうに10メートルを超えると思われる。国内でも最大級の高層書架なのは間違いない。

 このような高層書架から「また“ツタヤ図書館”か?」かと思われたが、運営者はヴィアックスと紀伊国屋書店の共同事業体。TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)とはまったく無縁の企業が、ツタヤ図書館顔負けの高い書架の図書館を運営するというのは、どういうことなのか。

 中野区では、もともと8館あった区立図書館のうち、本町図書館と東中野図書館の廃止を2020年10月に正式決定。その代わりに、区内中学2校を統合した中野東中学校等複合施設内に新しい図書館が建設されることになった。これが件の中野東図書館だ。

 同館は複合施設内の7~9階に設置され、総面積3445平米、蔵書17万冊(開架10万冊)と比較的コンパクトな図書館ながら、約300の閲覧席が用意されている。

 複合施設全体で、総事業費は93億4500万円(うち内定している国の補助金は学校建設に関する5億5000万円)。今年9月17日建物の竣工直後から図書館は開館準備に入っていた。

 その7階から上へ広がる吹き抜け部分の壁面に、高さ10.5メートル、幅3.5メートルの超高層書架が配置されている。この書架が今回、公式アカウントのツイートによって広く拡散されたわけだが、写真のインパクトが強かったからか、投稿直後から批判が殺到。「本は飾りですか?」「手が届かない本棚に意味があるの?」「(インスタ)映え目的?」「こんな書架つくるより、もっと本を買うべき」「司書の待遇は?」「光があたって本が傷む」「地震対策してるの?」などの意見が続々と書き込まれていったのだった。

 今回の件でまず驚いたのが、中野区の公式アカウントであるにもかかわらず「中野区立図書館」とはせず、2019年12月から2020年3月にかけて大きな話題になった『100日後に死ぬワニ』をマネしたようなアカウント名になっていることだ。役所の公式アカウントにしては悪ノリがすぎるのではないかとの批判も予想され、てっきり運営受託した企業の暴走だったのかと思っていたが、そうではなかった。

 中野区に本件ツイートについて情報開示請求をした区民のブログ(中野非公式リポート)では、来年2月のオープンに向けてSNSで開館までのカウントダウンの広報を提案したのは指定管理者側だったが、「100日後に開館する~」との名称を記載しているのは区側の提案によるものではないかと指摘。確認すると、区はこの点を否定し、お互いの意見交換の結果としている。

 また、このブログによれば、投稿はあらかじめ区側でチェックして出すようになっていて、10月18日に翌月18日まで、まとめて1か月分(ただし週3回)の投稿が区側に提出されていた。それをみると、11月7日日曜日の欄には、問題になった超高層書架の写真とともに、実際のツイートされたものと同じ内容が記載されている。

 このことから、役所は当初から、批判されるであろうことは十分に覚悟のうえで話題になることを狙った「炎上マーケティングではないのか」との指摘が、にわかに信憑性を帯びることになった。

 もうひとつ驚いたのは、日本最大級の高層書架の存在が、市民にもまったく知らせていない“騙し討ち”にほぼ等しい行為だったことである。

 中野東図書館は2つの図書館の閉館に伴って進められた計画だったことから、旧図書館の閉館に反対する市民も少なくなく、計画段階からそのプロセスについては情報開示請求もされていた。

 事前に開示された図面やパース等をみれば、その存在は一目瞭然のはずだ。それにもかかわらず、建物が完成し、開館まで100日を切った準備段階で、超高層書架が明るみに出るというのは、実に不可解である。

 区の担当部署によれば、複合施設の基本設計(案)は2017年10月4日に議会提出されていたが、この時点では、建物内に吹き抜けをつくることは明示されていなかったという。

 しかし、2018年6月からの専門家会議までにつくられた実施設計では、明確に吹き抜けを設置することが示されていて、そのことについて専門家会議の委員も承知していたはずだという。さらに、2019年8月からの市民も含めて4回実施された検討会議でも承認されたはずというが、その議事録をみても、超高層書架の話はどこにも見当たらない。

 何より、この超高層書架が描かれた建築パースが、これまでに公開された形跡はどこにもないのだ。担当部署でもパースは把握していないというから、それでは誰も異を唱えようがない。区内で図書館について活動している市民団体のメンバーは、こう話す。

「事前に提示されていた図面からは、そのような高い書架が設置されることは、まったくわかりませんでした。知ったのは、今年9月末に完成後の図書館を見学させてもらったときでした。『ここに本を置いて、使えるの?』と驚きました」

 さらに興味深い事実がひとつ、浮かび上がってきた。それは、2018年11月に酒井直人区長が、国内初のツタヤ図書館をオープンさせた武雄市を視察に訪れていたことである。当然のごとく図書館も訪れており、自らのフェイスブックに「武雄市立図書館は、以前から憧れていた」ことを告白したため、「中野区にもツタヤ図書館ができるのでは」とのウワサがたちまち巷を駆け巡ることになった。

 中野駅前のサンプラザの解体や図書館の統廃合を決めていた田中大輔前区長(自民・公明・維新推薦)を破って、この年の3月に当選したばかりの酒井区長(立憲、国民民主推薦)は、区制改革の期待も大きかっただけに、「ツタヤ図書館に憧れていた」との発言には落胆した市民も多かったに違いない。

 そこへ、今回のツタヤ図書館ばりの超高層書架の問題が出てきたわけだ。酒井区長は、指定管理者にCCCを選定して各方面からの批判を浴びることを嫌い、設計者に要望を伝えてデザインだけツタヤ図書館ふうにしたかったのではないのかとの見方も広がっている。ある図書館関係者は、こんな感想を漏らす。

「設計者が、このような奇を衒ったものを自ら提案するとは思えません。図書館管轄部署は反対することもできず、これをどのように使うのかの計画すら、いまだにできていない状態になっています。ツイッターの公式アカウントについても、指定管理業者は問題を引き起こしかねないのは十分に分かっているはずで、自らの意思でトラブルを呼び込むことはしないはずです。それを行わせる力を持ち、自分にとって大いに得になると信じた人間が、全体の黒幕であると思います」

 今回の件について、区の担当部署である教育委員会子ども・教育政策課に聞いてみた。

――高いところの作業は、どうするのか?

教育政策課 裏側にネジがあって、ネジから開閉ができる。裏側に本を配架する場所がある。基本的に表に配架して、裏には関連する本を置くことを考えている。はしごを使わなくても裏側はフロアに面している。7階は表から手にとれ、8階と9階は裏側に書架がある構造になっている。

中野区、奇抜すぎる図書館が物議…ツタヤ図書館インスパイア系、10mの高層書架の画像2
中野区教育委員会公式サイトより

――高い場所には、本は貼り付けるのか?

教育政策課 固定するか、いろいろご意見をいただいているところなので、そこについては検討重ねているところ。

――この書架は誰のアイデアなのか?

教育政策課 こちらの要望に基づいて、設計者が基本設計、実施設計をした。何度か折衝したと聞いている。基本設計の段階から吹き抜けは出ていない。2018年の途中から実施設計から変わった。

――パースはどうして出さないのか?

教育政策課 自治体でも、パースを公開しているところと、ないところがあると思う。うちでは、指定管理者決まってから、区民に対してパースを見せることはあまりしていない。一部見せているかもしれないが、大々的には出していない。

――高所作業については資格が必要か?

教育政策課 高所作業も含めて、どういうふうにするのか、指定管理者とも検討重ねているところ。必要な場合は足場組んで行う。

――それは指定管理者が資格を持った人を手配するのか?

教育政策課 基本的には、そこは外部委託。司書には難しい。

――見た人の感想として、地震が起きた時は怖いと思うが?

教育政策課 バー以外でも固定は必要だろうという想定はしている。バーはあくまでも補助的なもの。

――本の表紙を表にして配架するのか?

教育政策課 面出しについては、企画系を出すことを考えている。企画に関するもの関連は裏側に配架する。あくまでも書架として、本を選ぶひとつの誘導というか、展示になる。

――同じ本が表と裏にあるのか?

教育政策課 そこに置くのは必ずしも本ではなく、あくまでも検討中の案だが、たとえば表面に手芸に関する展示をし、裏に手芸に関する本を配架するとか。

――裏側からも見られるのか?

教育政策課 (裏側には)誰でも入れる。この書架とトイレの間がある。それは横幅があり入れます。普通にフロアなので。

――どこから見られるのか?

教育政策課 各フロアは吹き抜けになっているので、9階だったら9階の真正面から見られるところがある。8階は8階で見られるところがある。そこに興味を持ってもらって、裏に回ると関連本があるというかたち。

――たとえば、あそこにピンポイントで手芸の本があるとして、その真裏がどこかすぐわかるのか?

教育政策課 そういったアナウンス、見せ方は必要だろうなと思う。手芸とかで興味を持ってもらう。真裏に関連本が配架されているようなイメージ。

――具体的に(配架を)どうするのか?

教育政策課 いま指定管理者と話し合っている。【※1】

――いつごろ決定する予定なのか?

教育政策課 一応、12月頃までには決めたい。2月に開館するので、たぶん1月には完成していると思う。

――批判が殺到しているようだが、今後、この公式アカウントのリプライを制限したり、消したりすることはないか?

教育政策課 そういうことをするつもりは一切ない。ご意見はどしどしお寄せいただきたい。我々はそれを今後の広報の方法やサービス提供に反映していきたい

 専門家は、今回の件をどのようにとらえているのだろうか。中野区で過去に区内図書館の新設にもかかわったことのある人物に話を聞いた。

――手が届かないところに本を置くのは、図書館としての実用性がないだけでなく、安全性などデメリットもさんざん指摘されている。それらを犠牲にしてでも、デザインを優先するのはどうしてか?

「建築家の自己満足でしょう。発注者が、このようなデザインはお願いしていないと言えば、建築家はデザインを変えます。私たちがまず行うのは、専門家・設計者がやりたがる吹き抜けの阻止です。

 理由としては、第一に空間利用の効率上、無駄が多すぎることです。少しでも収蔵量を多くして、利便性を高めたいというのが司書の本能です。使えない、利用者の手が届かない壁は無駄です。第二に冷暖房の効率が悪く、光熱経費がかさみます。上部から扇風機を回すなどと言いますが、それも無駄です。

 あんな書架はモニュメントではありませんか。冗談にしか思えません。よほど財政が豊かで、専制的に思い通りにできるならともかく、切り詰めながらの運営が常です。意味がわかりません。

 私たちは、本棚は6段までにしようと考えてきました。利用者が無理なく手が届く範囲がいいからです。特に、日本は地震が多いので、書架から本が落下しても大事にはならないようにしないといけません。地震の揺れにも耐えられて、本が落ちないようにストッパーとして専用のテープを張ったりする工夫をしましたが、そうすると滑らなくて書架整理などには不都合でした。それでも、落ちても大事に至らないことが重要だと思います。

 大型の本は書架の下のほうを使う。子供のスペースでは、さらに低くしようと考えると、収蔵量は減ります。そのため、利用できる書架スペースが必要となります。

 吹き抜けはやめて、地道に、本来の資料で見せるやり方にすべきです。まして売れ残りの図書を買って、使えもしないところに(大量に)並べるなんて、バカの極みです」

 CCCが運営する通称・ツタヤ図書館は、公共図書館であるにもかかわらず人が多く集まる賑わい創出を優先して、本来の図書館機能をないがしろにしているのではないかとの批判が絶えない。

 当サイトでは4年前、山口県周南市の徳山駅前図書館で、2000万円を使って9メートルの高層書架に中古の洋書を張り付ける計画を進めていることを報じた(『ツタヤ図書館、お飾り用の読めない洋書購入に巨額税金投入…高さ9mの棚に固定』)。すると、同記事が出た直後からネット上で非難の声が殺到。その後、CCCと周南市は計画中止を発表し、壁面に地元アーティストのデザインによる本のイラスト壁紙に変更した。

 だが、それでもツタヤ図書館の集客力を見習おうとする自治体や受託企業は後を絶たず、高層書架にしたり、燦々と太陽光が書架に降り注ぐ図書館も出てきている。

 そのようなトレンドのなかで、中野区があえて超高層書架を導入したのは、それだけ専門職の意見が通りにくくなっているからだろう。

 現在、7館ある中野区立図書館は中央も含めてすべて、民間企業が運営を担当しているという。都内でも、地域館は指定管理にしても、図書館行政の司令塔となる中央館だけは直営という自治体が多いなか、中野区は完全民間委託なのは興味深い。行政が専門職を育てる場を手放してしまうと、運営能力はどんどん失われていくと考えるのは、果たして筆者だけだろうか。

(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

【※1】11/9時点での回答。この後、中野区教育委員会子ども・教育政策課は11/11に公式サイトを更新し、以下のような安全対策を行うことを公表した。「超高層書架は危険」と批判されたことを受け、ツタヤ図書館のような「中身がカラのダミー本を設置する」とした区の行き当たりばったり対応には、再度、怒りの声が上がり始めている。

○展示物については、紙及び発泡スチロール等の素材で作成します。

○各階上層部分については、書架として認識可能なように本のダミーを設置します。こちらも紙及び発泡スチロール等の素材で作成し、固定します。

○吹抜書架向かいのフロア側については、落下防止ネットを設置します。

中野区公式サイトより)

日向咲嗣/ジャーナリスト

日向咲嗣/ジャーナリスト

1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経てフリーに。「転職」「独立」「失業」問題など職業生活全般をテーマに著作多数。2015年から図書館の民間委託問題についてのレポートを始め、その詳細な取材ブロセスはブログ『ほぼ月刊ツタヤ図書館』でも随時発表している。2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。

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