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ぼくらはあの頃、アツかった(16) 幸運の女神が垂らす蜘蛛の糸。投資ゼロでのマクリ勝ちと木の実ナナの思い出。

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 ある日の事だ。

 筆者は怒っていた。パチスロに負けたからである。負けるのは基本的にいつも負けてるのであるが、その時の筆者はあまりにもお金が無さすぎた。三千円でほぼ一ヶ月過ごさねばならないみたいな状況でジャグラー打って負けた感じだった。

 逆転の夢を見た勝負は大体負ける。なにもパチンコパチスロに限った話じゃない。人生の仕組みがそうなっているのだ。平身低頭。弾丸に当たらぬよう、身を屈めてじわじわと努力した者が最後まで生き残る。急いでうっかり頭を上げると、スナイパーにヘッドショットされるのである。

 見事撃ち抜かれた筆者は、死に体になってホールを眺めた。北斗があった。ジャギステージである。当時のホールには「北斗カウンター」なる北斗専用のデータマシンがほぼ完備されており、レア小役を引いてから32ゲームが、どういう仕組みかカウントされるようになっていた。ジャギステージで捨ててある北斗の上部、カウンターにはスイカランプと4、という数字が表示──。

 しばし立ち尽くす筆者。釣りである。これは壮大な釣りだと分かっていた。

 分かっていながら、筆者の足はひとりでにATMへと向かっていた。自分の意志とは無関係に動く足。そういえば筆者はさっき人生という名のスナイパーに撃ち殺されたばかりだった。ゾンビである。あーとかうーとか言いながら、フラフラと銀行へ。使ってはいけない、教科書代という名のお金を下ろす。ジャギ......。スイカ......。高確率......。うわ言のように繰り返しつつ、件の台に着座し、やがて気づいたら6kほどの負債を増やしていた。またである。ヘッドショットだ。逆転を夢見た勝負は大体負ける。一日に二度も同じ教訓を脳髄に叩き込まれる羽目になった。

 ふと。隣の女と目があった。

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