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キタサンブラック厩舎の「ネガティブ発言」が止まらない? 目立ちたがり厩舎にキタサンロス直撃で「お通夜」状態......

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 JRA最多タイとなるG1競走7勝、通算獲得賞金の18億7684万3000円は歴代最高記録、2年連続の年度代表馬に選出されるなど、間違いなく一時代を築き上げたキタサンブラック。競馬界の顔役・武豊騎手が主戦を務め、オーナーが演歌界の大御所・北島三郎と、本馬は数少ない国民的知名度を誇った存在だった。

 ただ、そんなキタサンブラックが大活躍したことで武豊騎手や北島オーナーよりも"夢見心地"だったのは、管理した清水久詞調教師や、そのスタッフたちだったのかもしれない。

 父が2004年にスプリンターズS(G1)を制したカルストンライトオなどを所有した馬主であり、子供の頃から騎手になるのが夢だったという清水調教師。だが、体重などの問題もあり、JRAの競馬学校騎手課程で不合格となると、それからは調教師を目指すようになったという。

 G1・3勝のビワハヤヒデやファレノプシスを手掛けた名調教師・浜田光正氏の下で研修を積んだ清水師だったが、JRA調教師免許試験に受かったのは7度目の挑戦という苦労人だ。すぐに厩舎を新規開業したものの管理馬が集まらず、1年目はわずか2勝という結果に終わっている。

 そこから徐々に厩舎経営を軌道に乗せ、トウケイヘイローで初めて重賞を勝った際は、すでに開業から4年が経過していた。トウケイヘイローはその後、重賞4勝と活躍するがこの時にコンビを組んでいたのが武豊騎手だった。

 トウケイヘイローの活躍によって、競馬ファンの間にもその名が知れ渡った清水調教師だが、勝ち星自体は年間20勝を超えるのがやっと。「リーディング争いとは無関係の中堅厩舎」というのが定着した評価だった。

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