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上昌広「絶望の医療 希望の医療」

首都圏の医療が崩壊の危機 医師不足深刻で中東並み 解消と逆行する厚労省の詭弁

文=上昌広/東京大学医科学研究所特任教授
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 本連載前回記事で東京の医療が崩壊の瀬戸際にあるという実態を紹介したところ、多くの知人から連絡をもらった。「日本医科大学のような名門私大が経営危機なんて本当か。どこも報じていないし、にわかには信じられない。厚労省や東京都はどう考えているのだ」という主旨が多かった。残念ながら本当だ。日本医大が公表している財務諸表を見れば、一目瞭然だ。2014年度、売上高利益率はマイナス19.4%の赤字だし、流動比率は69.5%である。

 流動比率は、負債の返済能力を見る指標のひとつだ。税理士の上田和朗氏は「企業の経営状態を判断する際のもっとも重要な指標」という。流動比率は、流動資産が流動負債より多いか否かを示し、通常は120%以上あるのが望ましいとされている。日本医大の経営状況はかなり悪い。

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 ただ、首都圏の医科大学で経営が悪いのは、日本医大だけではない。聖マリアンナ医科大学や北里大学も直近の財務諸表を見る限り赤字だし、今後補助金が削減され患者数も減少すると予想されている東京女子医科大学が置かれた状況も深刻だ。

 もっとも、このような問題はまだ解決策がある。日本の財政状況を鑑みれば、診療報酬の削減は避けられないとしても、混合診療禁止などの規制を緩和すればいいからだ。一時的に混乱するだろうが、やがて新たな高付加価値の医療サービスが開発されるだろう。重粒子線治療や遺伝子診断などの先進医療以外にも、深夜診療や会員サービスなどのプロセス・イノベーションが進む可能性が高い。東京には富裕層が多く、このようなサービスを喜んで「購入」し、医科大学に「利益」をもたらすだろう。

医師不足

 ただ、問題はこれだけではない。実は、首都圏の医療崩壊はまったく別の理由から起こってくる可能性が高い。それは医師不足だ。

 意外かもしれないが、首都圏に医師は多くない(図1)。人口10万人あたりの地方別医師数は首都圏(以下、東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県を指す)230人に対し、四国278人、九州北部287人だ。実に2割以上の差がある。

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 多くの読者は「東京に病院が多いので、埼玉、千葉、神奈川には多少病院が少なくても問題ない」とお考えだろうが、この考えは正しくない。首都圏を平均すれば、この地域の医師数は決して多くはない。東京の受け入れ能力には限界がある。

 逆に考えれば、東京都以外の首都圏の医師不足が極めて深刻であるということも可能だ。人口10万人当たりの医師数は東京都314人に対し、埼玉県155人、千葉県179人、神奈川県202人。南米や中東並みの数字である。さらに、首都圏の問題は、東京の医療機関が極度に遍在していることである。図2を見ると、東京の医療機関の多くが中心部に集中していることがわかる。

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 江戸川区や足立区などの東部、多摩地区など西部の医師数は中東並みだ。つまり、東京に隣接する他府県の人たちが、東京医療機関を受診する際には、東京中心まで通わなければならないことになる。外傷や検査などの一時的な入院ならまだしも、慢性疾患や要介護状態の患者が継続的に通うのは困難だ。

 さらに問題なのは、東京近郊に大量の団塊世代、団塊ジュニアが住んでいることだ。これから2050年にかけて、彼らが次々と高齢化していく。

 一方、医師も高齢化する。あまり議論されないが、医師不足を議論する際のポイントのひとつが医師の高齢化だ。国民は高齢化するほど病気に罹りやすくなるが、医師は高齢化するほど働けなくなる。現在、医師数は着実に増えているが、多くは高齢医師だ。なぜなら、現在日本の医師増に寄与しているのは、高度成長期に新設された40校の医学部や医学校の卒業生だからだ。1期生はすでに50代半ばを超え、「当直をこなせるばりばりの勤務医」から引退しようとしつつある。今後、増加するのはもっぱら高齢の医師だ。

 つまり、これからの我が国では、高齢医師が高齢者を診察する「老々医療」の世界になる。この状況は図3より一目瞭然だろう。

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厚労省の詭弁

 では、どうすればいいのだろう。

 誰が考えても、若手の医師を増やすしかないが、これまでまったく無策だったわけではない。「改革」を志した政治家もいた。その一人が現東京都知事の舛添要一氏だ。

 08年、舛添氏が厚労大臣の時代に、彼が主導して、従来の医学部定員削減の閣議決定を撤回し、医学部定員を増やす方向に舵を切った。その後、現在までに全国で約1500人の医学部定員が増員された。日本医師会や厚労省は、この「改革」を強調し、これ以上増やさなくても、やがて医師は充足すると主張する。

 例えば、7月1日付読売新聞は、厚労省の言い分を紹介している。少し長くなるが、そのまま引用しよう。

「日本の人口10万人あたりの医師数が10年後、先進国が主に加盟する経済協力開発機構(OECD)の平均を上回るとの推計を厚生労働省がまとめた。医学部の定員増などで、先進国の中で低水準という長年続いた状況から抜け出す見通しとなった。地域や診療科によっては医師不足が続く可能性もあり、厚労省は夏以降に有識者会議を設け医師養成のあり方を検討する。厚労省は、医学部の卒業生数や今後の人口推計などを基に、将来の10万人あたりの医師数を推計した。それによると2012年の227人から20年に264人まで増え、25年には292人となり、OECDの平均(11年、加重平均)の280人を上回る見込み。その後も30年に319人、40年に379人と増加が続く。政府による医学部の入学定員の増員策や人口減少の影響が出る格好だ。」

 この記事は、国民の年齢構成、医師の年齢構成、性別をまったく考慮せず、単に数だけ比較している。さらに25年に11年のOECD平均に到達することを、医師充足の指標としている。日本は世界でもっとも高齢化が進んだ国だ。現在のOECDの平均に10年後に到達することに、どのような意味があるのだろう。厚労省の詭弁としか言いようがない。

 確かに、記事の中には「地域や診療科によっては医師不足が続く可能性もあり」と書いており、将来的にも医師が不足する地域がある可能性については言及している。ただ、これでは欺瞞だ。この文言を普通に解釈すれば、「医師を増やしても、地方都市や僻地の中には医師不足が深刻な地域が残る」という印象を受けるだろう。ところが、もっとも医師が不足する地域は首都圏だ。

骨抜きにされた改革

 では、なぜ厚労省は「医師不足は緩和する」と主張するのだろうか。

 それは、厚労省は医師が増えると、医療費が増えると信じこんでいるからだ(医師誘発需要仮説)。厚労省は「医療費を抑制することが最大の使命」と考えている。しかし、この医師誘発需要仮説の妥当性は状況次第だ。医師が足りない状況では、医師を増やせば医療費は増える。一方、医師数が一定レベルを超えれば、医師を増やしても、医療費は頭打ちになる。問題は、日本がどのような状況にあるかということだ。

 実は、その状況は地域によって大きく異なる。図4に示すように、西日本では医師数と医療費は相関せず、医師数が少ない東日本で両者は相関している。

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 以上の事実は、東日本で医師を増員する必要があることを示している。当然だが、東日本の医師を増やせば医療費は増える。厚労省にとって頭の痛い問題だ。強面の財務省と対峙しなければならなくなる。

 医師数の増加は、日本医師会や大学医学部長たちにとっても嬉しくない。商売敵が増えるからだ。日本医師会の幹部たちは「(数が増えて儲からなくなった)歯科医のようになりたくない」と公言して憚らないし、東日本の医学部長たちは「医師を増やせば質が下がる」という主張を繰り返してきた。根拠のない主張で、エゴ以外の何物でもない。

 国民にとって不幸だったのは、厚労省と、日本医師会や医学部長たちの利害が一致したことだ。ただ、彼らも医師不足対策にまったく努力しないわけにはいかない。その際の言い訳に使うのが、舛添氏が大臣時代にやった医学部定員の増員だ。しかしながら、これも必死に骨抜きにしようとしてきた。

 舛添氏は厚労大臣当時、今後10年間で医学部定員を5割増やすことを打ち出していた。つまり、医学部定員数が1万2000人になるまで、毎年400名ずつ定員を増やすことを目指そうとした。09年に与党となった民主党も、このことをマニフェストに明記し、舛添氏の方針を踏襲しようとした。

 しかしながら、この方針はやがてうやむやとなっていく。医学部定員が当初の予定通り増員されたのは10年度までで、11年度には77人の増員に減らされる。東日本大震災で東北地方の医師不足が顕在化したにもかかわらず、医学部定員の増員にはブレーキがかかった。それは、民主党内で医学部定員増を進めてきた仙谷由人氏や鈴木寛氏の影響力が低下したからだ。その後、現在にいたるまで大きな変化はない。15年度入試での定員は9134人で、前年から65人増やすだけだ。

 さら9月13日付日本経済新聞は一面トップで「医学部の定員削減、政府検討 医療費膨張防ぐ」と報じたが、厚労省は20年から医学部定員を削減しようとしているという。結局、医学部定員増は従来の医学部の定員を約15%増員したところで頭打ちになりそうだ。これでは、首都圏の医師不足は改善しない。

 なぜ、15%の医学部定員の増員ではダメなのだろう。それは、もともと首都圏に医学部が少ないからだ。例えば、人口約393万人の四国には4つの医学部があるが、人口約620万人の千葉県には千葉大が1つしかない。首都圏に広げても、人口約3930万人に医学部は19しかない(地域医療への影響が限定的な防衛医大を除く)。人口207万人に1つで、四国の半分だ。

 首都圏の医師不足を緩和させるには、全国一律に医学部定員を増員することではなく、首都圏での養成数を増やすことだ。現在、成田市に医学部を新設することが議論されているが、これを含めても人口197万人に1つ。これだけでは効果は限定的だ。

想定される事態

 では、首都圏の医師不足は、どうなっていくのだろう。我々の研究結果をご紹介したい。

 図5は東京圏の75歳人口千人あたりの医師数の推移だ。60歳未満と75歳未満の医師についてシミュレーションした。これは情報工学を専門とする井元清哉教授(東京大学医科学研究所)との共同研究である。

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 一目見てわかるが、首都圏のすべての県で医師不足は悪化する。団塊世代が亡くなる35年頃に一時的に状況は改善するが、その後団塊ジュニア世代が高齢化するため、再び医療ニーズは高まる。多くの県で50年の75歳人口千人あたりの60歳未満の医師数は、現在の3分の2程度になる。その頃の東京の医師不足の状況は、10年当時の千葉県や埼玉県とほぼ同じである。両県では医師不足によって病院が閉院し、救急車のたらい回しが社会問題化している。

 50年、首都圏の医師不足は深刻で、東京都ですら満足な治療を受けることができなくなる可能性が高い。

 どうすればいいのだろう。

 厚労省にやれることはあるのだろうか。残念ながら、筆者は厚労省には期待できないと思う。医療は医師がいなければサービスを提供できない。厚労省が「やがて医師は充足する」という態度を変えない限り、医師数は増えない。このまま医師が不足した状態が続けば、厚労省が公定価格を設定し、補助金や規制を強化して、「効率的」な医療提供体制を整備しようとしても限界がある。

 食糧難に喘いだ戦後を想像すればいい。政府は食糧管理制度を通じて、食料を「適切に」配分しようとした。ところが、国民は配給される食糧だけでは足りず、縁故を頼って農家を訪ね、また闇市で食料を調達した。1947年10月には闇米を拒否し、配給食料だけを食べ続けた裁判官の山口良忠氏が栄養失調に伴う肺浸潤(結核)で亡くなったことが話題となった。享年33歳だった。日本の食糧難が改善するのは、米国が緊急援助し、我が国が復興するまで待たねばならなかった。つまり、食料の供給量が増えるまで事態は改善しなかった。

 おそらく医療でも同じ事が起こるだろう。厚労省は、「かかりつけ医制度」や「在宅医療」を推進している。これは、「配給制度」により、サービス供給の効率を上げようとしていることにほかならない。しかしながら、この方法では問題は解決しないのは歴史の教訓だ。

信頼できる医師との関係構築

 では、患者はどうすればいいだろう。身も蓋もない言い方だが、自分で身を守るしかないと思う。具体的には、医者とコネとつくることだ。

 これは筆者の個人的な経験とも一致する。兵庫県尼崎市在住の70代になる筆者の母は、90代の祖母を自宅で介護していた。祖母は寝たきりだった。誤嚥性肺炎などの合併症を繰り返していた。14年の冬、祖母は突然、呼吸困難を訴えた。深夜、母から電話で相談を受け、「かかりつけの先生に相談し、指示を仰ぐように」助言した。母は、かかりつけの高齢の医師に相談したが、入院できる病院は紹介してもらえなかった。思い悩んだ母は、かつて外科医である弟が勤務していた大阪市内の病院まで、タクシーで祖母を運んだ。その距離20キロくらいだ。

 その病院に到着し、救急外来担当医が診察したところ、「特に問題なし。こんなところまで来ずに、近くで診てもらうように」と言って帰された。それでも、納得しなかった母は翌日、筆者に電話してきた。筆者は尼崎で在宅医療を営む旧知の長尾和宏医師に電話で相談した。長尾医師はすぐに往診にかけつけ、心不全・肺炎と診断した。そして、最寄りの救急病院である関西ろうさい病院に入院させてくれた。祖母は、一時的に軽快したものの、この病院で亡くなった。母は毎日見舞いに出かけ、最期を看取った。納得できる最期だったようだ。長尾医師や関西ろうさい病院の医師に感謝している。

 この件で示唆に富むのは、自宅と関西ろうさい病院の距離はわずか数キロだったことだ。タクシーで1000円程度の距離だ。ところが、かかりつけの医師から、この病院を紹介されることはなかった。母も飛び込みで受診できなかった。心理的障壁が高かったのだろう。もし、筆者が長尾医師と面識がなければ、おそらく母は自宅で困り果て、どこでもいいので遠くの急性期病院に入院させていたはずだ。お見舞いに行くにも時間がかかり、負担は大きい。今回のような満足のいく看取りはできなかっただろう。

 では、これは誰にでもできる看取りではない。関西ろうさい病院は、信頼がおける長尾医師の紹介だからこそ、柔軟に対応してくれたのだろう。筆者が医師であることも多少影響したのかもしれない。見舞いに行ったが、病床はほぼ満床だった。祖母を入院させるため、さまざまな調整をしてくれたのだと思った。

 キーパーソンを知らなければ、いいサービスの提供を受けることができない。これこそ、「コネ社会」だ。日本では、すでにいい医療を受けようと思えば「コネ」が必要になっている。尼崎の医師数は、人口10万人あたり246人。千葉・埼玉・神奈川よりはるかに恵まれている。それでも、この状況だ。首都圏の惨状とは比べものにならない。

 首都圏の医師不足の状況はますます悪化する中で、私たちはどうすればいいか。

 個人が逞しく生きるしかない。信頼できる医師と関係を構築し、何かがあった際には、適切な専門医や病院を紹介してもらうようにすることをお奨めする。
(文=上昌広/東京大学医科学研究所特任教授)

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。
医療ガバナンス研究所

Twitter:@KamiMasahiro

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