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浜田和幸「日本人のサバイバルのために」

米国、「精神と肉体を20歳若返らせる」が普及…「変死大国」日本、長寿大国との幻想

文=浜田和幸/国際政治経済学者
米国、「精神と肉体を20歳若返らせる」が普及…「変死大国」日本、長寿大国との幻想の画像1「Thinkstock」より

 日本は、世界に冠たる長寿大国である。確かに日本人の平均寿命は年々延び続け、厚生労働省の最新データによれば女性は87.05歳で、男性も80.79歳。アイスランドや香港と競っているというが、人口の規模で比較すれば、日本が長寿に関しては世界第1位であることは疑いようがない。世界から注目を集めており、その秘密を探ろうと、各国の医療関係者やジャーナリストが沖縄など日本各地に押し掛けている。

 実に喜ばしい限りであるが、この種のランキングには常に落とし穴も隠されている。それは平均値の恐ろしさということでもある。100歳を超えても元気な高齢者がいる一方で、40代、50代で過労死やストレス死に襲われる日本人も増えている。個人差の大きさにも注目する必要があることはいうまでもない。

 また、見過ごされがちだが、日本では自殺者も決して少なくはない。毎年3万人近くが自ら命を絶っている。しかも、変死者の数は15万人に達するというから驚く。国際機関では変死者の半分を自殺とカウントするが、日本ではそうしていない。もし、世界基準に合わせれば、「日本の毎年の自殺者は10万人を超える」ことになり、世界有数の「自殺大国」となってしまう。長寿大国のイメージを守るために、統計上の操作が行われているといっても過言ではない。

 さらにいえば、100歳以上の人口について日米で比較をしてみると意外な結果が見えてくる。日本は6万人ほどの「百寿者」と呼ばれる人々がいる。現在のペースで行けば、10万人の大台に乗るのは時間の問題だろう。一方、アメリカには15万人ほどの「センテナリアンズ(100歳以上の人)」が健在している。こちらも増え続けているようだ。

 人口比で言えば日本はアメリカの約半分。とすれば、アメリカの百寿者が12万人程度であれば辻褄が合うはず。ところが、実際には大きく上回っている。言い換えれば、100歳以上の高齢者に限れば、なんとアメリカのほうが日本より長寿大国というわけだ。

 アメリカといえばファーストフードの普及がすさまじく、脂肪分の取りすぎで肥満や糖尿病に苦しむ人々が多い。ところが、意外にも人口比で見れば日本より100歳以上の高齢者がはるかに多いのはなぜだろうか。また、それ以上に注目すべきは現役で活躍中の高齢者の数はアメリカの方が圧倒的に多い点である。この社会的な違いはどこから生じているのだろうか。

アンチ・エイジングの効果

 答えは、アメリカで急成長を遂げているアンチエイジングの発想にありそうだ。日本では「抗加齢」と訳されているが、医学やナノテク技術の飛躍的進歩により、身体機能や細胞のメカニズムを遺伝子レベルまで踏み込み科学的に分析できるようになってきた。であるならば、「老化や加齢もひとつの疾患」と捉え、予防や治療によって克服していこうという発想が生まれた。

 これまでアメリカンドリームの象徴といえば、庭付きのマイホームを手に入れることであった。ところが、2007年夏に巻き起こったサブプライムローン危機の煽りで、住宅を失う人々が急増するようになったアメリカ。また、成功のバロメーターとして富(マネー)を求める人々がウォールストリート発の金融パニックで地獄を見てしまった。いずれにせよ住宅や金銭中心という価値観から、より普遍的な価値観を模索する人々が増えてきた。この社会的価値観の変化の源が健康なのである。

 人間の体は60兆個を超える膨大な数の細胞から成り立っているが、元をたどれば一つひとつの細胞は極めて小さなものである。この一つひとつの細胞のメタボリズムを飛躍的に高めることにより人間の運動能力を強化しようとの発想が生まれても不思議はない。

 例えば、ミトコンドリアは各細胞にパワーを与えるエネルギーの製造元である。そこで筋肉細胞の中にあるミトコンドリアの数を人工的に増やし、エネルギー効率を高めようという研究が始まった。

 生きている間はさまざまなアンチエイジングの努力や工夫を重ね、自らの夢を実現しようと能動的に動き続けるアメリカ人。そうした好奇心をビジネスとして受けとめる環境こそが、アメリカ人の間でセンテナリアンズが増えていることの一因といえそうだ。倫理的な問題や宗教観の違いを別にして、不可能としか思えない夢を実現しようと国家を上げて取り組む姿勢を見せているのは、「創造的破壊」を繰り返すアメリカのアメリカたる所以ではなかろうか。「そんなことはあり得ない」と既存の常識で否定してしまえば、新たな未来社会は生まれない。

 70歳で大統領に就任したトランプ氏も「不可能を可能にする存在」ではないだろうか。3人の奥さんとの間に5人の子供をもうけ、子供たちたち全員を自分の選挙の応援団に「仕立てる才覚」は、まさに創造的な政治活動といえるだろう。既存の価値観をいとも簡単に破壊し、乗り越えてしまう。4年後、74歳になっても、2期目の大統領を目指すとの意気込みを見せている。物質的な年齢ではなく、精神的な年齢の若さを売り物にしているわけだが、精神面の若さが肉体的な若さをもたらしているようにも思える。

リバース・エイジング

 そんな“アンチエイジング社会”アメリカで今、新たな進化が見られるようになった。何かと言えば、「リバース・エイジング」という発想法である。これは年を取ることをストップさせようとするのではなく、「自らの年齢を20歳ほど若返らせる」ことを目標としている。

 そのためには「本人の意識に働きかけることが何よりも重要」としており、表面的にシミやしわを取り除いたり、ホルモン注射によって肌の張りを取り戻すといったアプローチとは、一線を画すもの。この若返り運動の提唱者は、ハーバード大学で女性初の心理学教授となったエレン・ランガー教授である。

 筆者は、アメリカ留学中に彼女の研究に触れる機会があり、大いに驚いた。曰く「若返りのためには医師に頼る必要はない」。アメリカの国家財政の重荷になっている社会保険費を減らすためにも、75歳の高齢者が55歳まで若返ってくれれば、大きなメリットが生じるというわけだ。しかもその方法は極めて簡単で、一人ひとりの生理学的な体内時計を20年前に巻き戻すというのである。

 同教授によれば、「リバース・エイジングは決してSFの世界の話ではない」とのこと。長年にわたる実験、研究の成果をもとに彼女はひとつの結論を導き出した。それは「現在の医学においては、病気を特定したり、その治療法を提供したりはできるが、その応用効果に関しては保証の限りではない。なぜなら、患者一人ひとりの置かれている状況は千差万別で、万人に共通する薬や治療法は存在しないから」ということに尽きる。

 要は、患者一人ひとりが自分の健康状態や精神、肉体の状況に関しては、誰よりも自信を持って判断できる立場にあるということだ。「医者はあくまでコンサルタントとして利用すればよい」という考えである。

 多くの人々は高齢の域に達すれば、誰もが記憶力の低下や、筋肉の衰えに悩まされることになると思い込んでいる。周りの状況や常識的な判断に左右され、自らの肉体や意識の現状はいうに及ばず、秘めた可能性について徹底的に試してみることを諦めているケースが多い。できない可能性にとらわれ、できる可能性を無駄にしているのではないか。

マインドフルネスの効果

 そのような観点からランガー教授は1979年に興味深い実験を行った。ニューハンプシャー州にある老人ホームに入所している高齢者を2つのグループに分けて行った実験である。ひとつのグループには自分たちが若かった頃の思い出話に花を咲かせるように促した。もうひとつのグループには、自分たちが若かった頃とまったく同じような環境の下で過去を追体験することを促したのである。

 後者のグループに対しては、ちょうど20年前の1959年にタイムスリップしたかのような生活環境が用意された。すなわち老人ホームのなかで観る映画やテレビ番組、あるいは耳にする音楽、そして目にする雑誌などもすべて59年当時のものにし、それらをあたかも今現在起こっていることのように皆で話題にすることを求めたのである。

 例えば59年にはアメリカ初の人工衛星が打ち上げられ、大きな話題となった。そこで今、目の前で初の人工衛星の打ち上げが行われたことにし、その感激や感動を皆で共有したのである。

 このような非日常的な生活を1週間体験した後、2つのグループの聴力、視力や記憶力についてテストを行ったところ、後者のグループは前者のグループと比べはるかに好成績を収めたというではないか。それどころか後者のグループにおいては関節の痛みが減少したと実感する人々や、記憶力が目覚ましく改善したと大喜びする人たちが続出した。

 そして実験の前と後に撮影された被験者たちの顔写真を外部の第三者に見てもらったところ、明らかに後者のグループの人々は見た目が若々しくなっていたのである。また、老人特有の指が思うように動かないような症状が改善し、関節が元に戻るほど指も長くなった例もある。

 このことをラングラー教授は「マインドフルネスの効果」と名付けた。すなわち日常的な繰り返しやつまらない作業と思いこんでいたことでも、それが意外に自分の健康にとって不可欠の作用をもたらすということに気づけば、意識と体が調和し肉体の問題を改善するきっかけになることが、わかったのである。

 たとえ小さな変化であったとしても、自らがその変化を楽しむことができるようになれば、我々の置かれている環境が劇的に変化をすることを示唆している。我々はどのようなものにせよ自分の肉体の変化の兆しに気づくだけの「マインドフルネス」を持つことができれば、病気や怪我を未然に防ぐことが意識的に可能になるというわけだ。こうした発想が広がれば、社会が活性化することは間違いない。

 思えば、多くの人々にとって自分が病気であるのか健康であるのか、その区別や境界は極めてあいまいになっているのではなかろうか。たとえ医者から特定の病名を与えられ、薬を処方されたとしても本当にその病名や薬が自分の症状に合致しているのかどうか、怪しいものだ。すべての判断をひとりの医者にゆだねてもいいのかどうか。ランガー教授によれば、「これほど危険なことはないだろう」ということである。

 言い換えれば、自らの肉体の変化に自ら意識して向き合うことで病気を防ぎ、病気を克服できれば、自然に若返りも可能になるというわけだ。自分自身の体に起こる、そして心に浮かぶ変化に対し注意深くなることが欠かせないというのである。今、アメリカでは日本以上に健康指向の人々が増えている。ベビーブーマーの間では年を取ることに対する恐れの気持ちも広がり出している。これをプラスに活かせば、社会の若返りも可能になるだろう。

主体的な判断、長寿と関係

 オバマ前大統領は医療保険制度改革を最大の政治課題として取り組んできた。低所得者を対象に手厚い医療保護を提供する政策であった。しかし、トランプ新大統領は政府の補助に頼るのではなく、自らの力で健康を維持する政策を加速する、と訴える。どちらに軍配が上がるのだろうか。

 ランガー教授によれば「より重要な改革は一人ひとりの患者あるいは国民が自らの健康管理に大胆な発想で取り組むことから始まる」とのこと。70代から80代の高齢者を対象に、その後もランガー教授はさまざまな意識と肉体の関係を明らかにする実験を続けている。

 たとえば、老人ホームにて植物を育てる自由を与えられたグループと、部屋に植物は飾ってもらうものの、その世話はすべて看護師が行うという環境に置かれたグループを対象にした実験も興味深い結果をもたらした。

 自分たちで世話をする花を選び、水や肥料の具合を確かめるなど日常的な世話をやくことになった高齢者たちは、すべて世話してもらった高齢者たちと比べ、はるかに明るく元気な生活を送るようになった。その結果、寿命もはるかに長くなったというのである。

 実は、この実験では植物の世話を自主的に任されただけではなく、このグループの人々は観たい映画を自分たちの希望する時間に見るために皆で話し合いを持ち、コンセンサスを得た上で観賞する機会を手に入れたのである。もう一方のグループは看護師たちが決めた時間と場所で映画を観るだけの生活パターンであった。

 また、家族や知人が面会に来た際にも、前者のグループはどこで訪問者と会うのか、場所や時間も自らが決めるという自由が与えられた。要は、自分のお気に入りの場所でお気に入りの飲み物やお菓子を食べながら、来訪者との会話を楽しんだのである。一方、後者の人々には施設が決めた場所で決められた時間しか面会が許されなかったという。

 こうしたさまざまな生活の場面において、自らが主体的に判断し、選択をしていくという環境に置かれた人々は結果的に長寿を手にし、生活に自信と喜びを感じるようになったというわけだ。これは何もアメリカの高齢者のみに当てはまることではなく、日本でも十分参考になる実験データと思われる。いくつになっても自らの判断で行動を起こすことが、その人にとっても周りの人々にとっても有意義な時間をもたらしてくれることになるのであろう。

生命力を削り取られないために

 70歳になったから、あるいは80歳を過ぎたから、こうでなければならないという周りの目や無言の圧力によって自らの生命力を削り取られてしまっているケースが多々あるのではなかろうか。現代の医学や科学は大きな原則を明らかにしているにすぎない。すべての病気やその症状には、必ず例外が存在している。

 すなわち、「一見病気と見えてもなんでもない」というケースもあるはずだ。一人ひとりがそうした例外となる心意気とでもいうべき意識の変化を味方につけることができれば、75歳であっても55歳と遜色のない生き方ができるだろう。

 こうした研究成果を実際のビジネスの現場でも応用することで、新たな成長産業が生まれるに違いない。アメリカのグーグル本社では未来研究者のカッツウェル博士をトップに据え、新たな健康長寿ビジネス部門を立ち上げた。人間の意識が細胞の活性化にどう影響するかを研究し、AI(人工知能)やIoT(インターネット・オブ・シングス:モノのインターネット化)と人間の融合を可能にする道を見いだそうという試みだ。同教授によれば、「2045年までにBCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェース)が実現し、人間の知力と生命力は10億倍に増える」とのこと。

 これまで自然な生き方と思いやりの人間関係で世界に冠たる長寿大国を実現してきた日本であるが、これからは新たな発想を取り入れる必要がありそうだ。いずれにしても、わくわく感が健康長寿のカギを握っていることは間違いないだろう。読者の皆さん、どきどき、わくわくしていますか?
(文=浜田和幸/国際政治経済学者)

浜田和幸/国際政治経済学者

浜田和幸/国際政治経済学者

国際政治経済学者。前参議院議員、元総務大臣・外務大臣政務官。2020東京オリンピック招致委員。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士

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