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筈井利人「一刀両断エコノミクス」

銀行の「錬金術」が金融危機をもたらす…リスクは一般庶民に転嫁されている

文=筈井利人/経済ジャーナリスト
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銀行の「錬金術」が金融危機をもたらす…リスクは一般庶民に転嫁されているの画像1「Thinkstock」より

 2018年は世界的な金融危機を引き起こしたリーマン・ショックから数えて10年目に当たる。当時は米欧の大手銀行数行が破綻や経営危機に陥り、国際金融システムが崩壊する危機に瀕したばかりか、大恐慌の再来まで危ぶまれた。現在、危機は脱したようにみえる。しかし、金融危機の原因を私たちは本当に理解しているだろうか。

 リーマン・ショックで08年9月に倒産したリーマン・ブラザーズは米大手証券会社。しかし当時はそれ以外に、庶民が日ごろ利用する銀行でも預金引き出しが殺到する取り付け騒ぎが起こり、破綻に追い込まれている。

 米インディマック・バンコープは住宅ローンを広く取り扱っていた地方銀行で、サブプライムローン(信用度の低い個人向けの住宅融資)問題の影響から経営が悪化。08年6月に取り付け騒ぎに見舞われ、7月に破綻した。英中堅銀行ノーザン・ロックも前年の07年9月、店頭やインターネット口座に預金者が殺到し、08年2月に国有化される(12年に英ヴァージン・グループが買収)。

 およそ10年後の現在、主要国は好景気を謳歌して株価は高騰し、金融危機はすっかり影を潜めたかに見える。しかし、私たちは危機の本質を本当にわかっているのだろうか。

金融危機の本当の原因

 前イングランド銀行総裁のマーヴィン・キング氏は著書『錬金術の終わり』(遠藤真美訳/日本経済新聞出版社)で警鐘を鳴らす。同氏によると、リーマン・ショック時の危機に関する説明はもっぱら、住宅市場の上昇と下落、債務の爆発的増加、銀行システムの行き過ぎといった症状に終始しており、根底にある原因には触れていないという。

 金融危機の根底にある原因とは何か。キング氏はそれを「錬金術」という言葉で表現する。同氏のいう錬金術とは、銀行が流動性のない経済の実物資産(工場、資本設備、住宅、建物)を現金や流動性にさっと変換できるように見せかけることである。

 銀行などの金融仲介機関はどんなときも、流動性の高い負債を発行して、流動性の低い資産を取得する資金を調達しようとする。資産から得られる利益から負債に支払う金利を引いたものが、金融仲介機関の儲けになるからである。

 しかし問題は、投資家や預金者に約束している流動性を供給できるのは、その時点で銀行に対する請求権を現金化したいと思っている人が少数である場合に限られることである。全員が同時に請求権を現金化しようとすれば、流動性はたちまち蒸発する。少人数なら可能かもしれないが、共同体全体では不可能である。

 ほかの人がお金を引き出そうとするだろうと預金者が考えると、自分も同じようにできるだけ早く行列の先頭に立つことが合理的となるため、問題が悪化してしまう。それが取り付け騒ぎである。取り付け騒ぎは金融システムの根底にある錬金術を反映したものとキング氏は指摘する。

 取り付け騒ぎが取り乱した群集心理によって起きるように考えていた人は、この指摘に衝撃を受けることだろう。本当の原因は銀行に殺到する預金者の側ではなく、銀行の側、しかも「短期で借りて長期で貸す」という銀行経営の構造そのものにあるというのだから。リスクの高い長期の資産に投資しながら、預金は安全だというふうを装うのは、まやかしだとキング氏は批判する。

 金融危機の原因が銀行の構造そのものにあるとすれば、歴史上、危機が繰り返し起こってきたことにもうなずける。

シカゴプラン

 銀行預金というかたちでの貨幣の創造と、長期のリスクが高い投資の資金調達とを結びつける試みは、平常時には魅力的に映る。それを可能にする錬金術が、真のコストを覆い隠すからだ。しかし危機が発生すると、潜んでいた脆弱性をさらけ出す。

 そこで政府が力を貸す。預金を保証することを決め、預金保険をつくり、中央銀行は商業銀行に巨額の資金を貸し付けた。銀行の規模が大きくなればなるほど、経営難に陥ったときには政府が救済する可能性が高くなった。いわゆる「大きすぎてつぶせない」状況である。

 これらの施策は、銀行取り付けに走るインセンティブ(誘因)をある程度取り除く効果はあった。しかしその代償として、銀行の資産が抱えるリスクが納税者に転嫁された。

 そればかりか、何かあったときには中央銀行が救ってくれると銀行が考えるようになった結果、多くの銀行が健全な経営方針を放棄し、過剰なリスクを取るようになった。「モラルハザード」と呼ばれる現象だ。それが新たな金融危機を誘発する。

 金融の錬金術を批判するキング氏は新たな銀行システムのモデルとして、1933年に米国の著名な経済学者らによって提唱された「シカゴプラン」を紹介する。

 シカゴプランとは、預金の100%を裏付ける流動資産を準備として銀行に保有させる案だ。これによって、銀行が創造した預金の大部分をリスクの高い貸し付けに回し、預金を裏付ける安全な現金準備を十分に確保しない「部分準備銀行」制度を終わらせる。

 シカゴプランの下では、銀行は実質的に2つに分離される。決済業務に特化した安全で流動性の高い「ナロー」バンクと、それ以外のすべての業務を手掛ける、リスクが高く流動性の低い「ワイド」バンクだ。

 シカゴプランの大きな利点は、脆弱性の源泉となる銀行の取り付け騒ぎがなくなり、それが生み出す不安定性が消えることだ。実現すれば、現代の銀行システムの錬金術に終止符が打たれる。

 過激な提案に見えるかもしれないが、キング氏自身を含め、最近でも多数の経済学者やエコノミストがシカゴプランを支持している。それにもかかわらず実現していない。その一つの理由としてキング氏は、銀行をつぶさないよう手厚く保護する施策がなくなることに抵抗し、銀行が猛烈なロビー攻勢をかけるからだと述べる。

 しかし改革を実行しなければ、次の金融危機が襲ったとき、その経済的・人的コストは前回以上に大きくなるとキング氏は警告する。

 金融危機はほぼ10年の周期で発生するといわれる。1987年に起きたブラックマンデー、1997年のアジア通貨危機、2008年のリーマン・ショック。それから10年目となる2018年に危機の再来を防ぐには、小手先の対応でない金融制度の抜本的な改革が必要だろう。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)

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