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“資本主義の父”渋沢栄一になりそこなった木村剛

小泉・竹中政権が産んだ負の遺産 銀行利権・日本振興銀行解散

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●結局、振興銀行とはなんだったのか?

 木村剛は「竹中チーム」のキャプテンとして「健全な資本主義が持つべき公明正大なモラルとルール」を強調してきた。しかし、日本振興銀行の経営者としてやってきたことは、ルール違反の連続だった。理論家・評論家が経営に手を出せばどうなるか。振興銀行は、その悪しき実例となった。

「金融改革の旗手」と一時期、賞賛された木村が、金融庁検査忌避で逮捕されるや、政官財の大物たちは手の平を返して彼を非難した。最大の後ろ盾だった元金融相の竹中平蔵の逃げ足は実に速かった。逮捕を受けた竹中の発言は冷ややかなものだった。

「木村容疑者と個人的な付き合いはない」

 小泉構造改革を推進してきた、いわば“同志”に対して、あまりにも素っ気ない物言いだった。日本振興銀行に銀行認可を与えたことで自分に火の粉が飛んでくるのを恐れた竹中は、素早く、木村を切り捨てたのである。

 竹中は、六本木ヒルズの森ビルが運営するアカデミーヒルズ理事長と、人材派遣会社パソナグループ会長に天下りした。小泉構造改革の大いなる受益者である両社への天下りは、自分が関わった業界から利益を得るべきではないという、政策立案者としての矜持に反するものだ。

 考えてみれば、振興銀は実に特殊な銀行だった。定期預金しか扱っておらず、給与の受け取りや公共料金の支払いなど日々の暮らしの費用の決済に使う普通預金や当座預金はなかった。本支店の窓口では現金を原則として取り扱わず、キャッシュカードもない。当座預金がないから企業の資金繰りにも直接、関係しなかった。銀行間の市場で資金調達をしておらず、いわゆる金融のネットワークから隔離されていた。だから経営破綻しても大丈夫と読んだ金融庁が伝家の宝刀を抜き、ペイオフに踏み込んだのだ。

 とはいっても、中小企業振興ネットワーク解体の余震は今なお続く。今年に入ってからC&I Holdings(旧・ベンチャー・リンク)、NISグループ、フーディズが既に倒産している。振興銀がらみの倒産はラ・パルレ、中小企業振興機構(旧アプレックス。業務は手形割引)、中小企業管理機構(業務は総務アウトソーシング受託)など9社を数える。

 木村は中小企業向け融資に軸足を置いた新たな銀行づくりを目指した。日本の金融は、大口向けの低利融資と小口&個人向けの無担保だが高い金利の2極にわかれているが、この中でミドルリスク・ミドルリターンのマーケットを開拓すると意気込んだ。開業した時には貸し渋りの嵐は去り、中小企業は既存の銀行より高い金利の振興銀行には見向きもしなかった。木村が想定したミドルリスク・ミドルリターンのマーケットは存在しなかった。極論するなら振興銀行が担うべき役割はどこにもなかったのである。

 木村剛は平成の渋沢栄一にはなれなかった。(敬称略)
(文=編集部)

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