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大塚将司「【小説】巨大新聞社の仮面を剥ぐ 呆れた幹部たちの生態<第1部>」第10回

新聞社出世の条件…平凡、醜聞、窃盗、ごみ箱漁り?

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 松野が唇にチャックを閉めるようなしぐさをした。それを見た小山が恐る恐る質問した。

 「富島のことはいいです。もう過去の人ですから。でも……。いや、これは聞かないほうがいいですね。やっぱりやめておきます」
 「おい、小山さん、言い出しておいてやめるのは変だぞ。合併して一緒になるんだ。その記念すべき日の宴じゃないか。無礼講でいいんですよね、社長」

 北川が脇の松野を窺った。松野がうなずくのを見て、小山がしばらく間をおいて続けた。

 「お2人はどうなのかと思いましてね。『2つのS』のほうですけど…」
 「何が知りたいんだ」

 松野がむっとした調子で小山を睨んだ。北川が追従した。

●出世の条件はKY

 「小山さん、それを聞くのは野暮でしょ」
 「でも、言え、と言ったのは北川さんでしょう」
 「村尾君、小山君は文字通りKYじゃないか。君の人事の条件として挙げているKYとは全然違うじゃないか」

 巷間、KYは「場の雰囲気・状況を察することができない人」を意味するが、村尾のKYは「器用で要領のいい奴」を指す造語だった。

 「まったくその通りです。私も先輩に倣って、キャッチフレーズとしてつくってみたんですけど、まだまだです。『3つのN』『2つのS』に『KY』を加えていたんですけど、これからはやめますよ。でも、小山は『器用で要領のいい奴』なんです」

 恐縮しきりの村尾が言い訳した。

 「まあ、いい。うちの北川は『3つのN』『2つのS』はちゃんとクリアしている。小山君もそうなんだろ」

 機嫌を直した松野が笑いながら、村尾を見た。

 「もちろんです。その点は太鼓判を押します」
 「そんな大声で言うなよ。みっともない。小山君は日亜の伝統を受け継いで何かやらかしたのかね。それが『2つのS』か」
 「え、なんですか?」

 村尾がびっくりして問い返した。

 「合併前の日々新聞で有名な事件があったろう。それで、亜細亜新聞との合併に追い込まれたんじゃなかったか」
 「ああ、『防衛庁公電窃盗スクープ事件』のことですか」
 「そうだよ。その伝統で、役所の資料を盗んでスクープでもしたのかと思ったのさ」

●盗んだ文書からスクープ記事

 「防衛庁公電窃盗スクープ事件」は、旧日々新聞の防衛庁記者クラブ詰めの政治部記者が深夜に官房総務課に忍び込み、米国防省からの極秘扱いの公電を盗み出し、在日米軍の増強計画をすっぱ抜いたのだ。

 スクープの中身自体は在日米軍に限られ、しかも、素案に近いもので、東西対立のなかで米国を盟主とする西側諸国全体の軍事戦略に及ぼす影響はほとんどなかった。しかし、米政府が強硬に抗議、日本政府も漏えいルートの捜査に乗り出さざるを得なかった。当時の日米関係とスクープした旧日々の左翼寄りの論調を考えれば、当然の成り行きだった。

 極秘扱いの公電はスクープの3日前に駐米日本大使館から届いたもので、外務省と防衛庁に各2通あった。捜査の結果、4通のうち、防衛庁官房にあった1通が紛失、しかも、その時期がスクープの前々日の深夜だったことが判明した。

 旧日々が盗んだ公電を元に記事を掲載した疑いが濃厚となり、警視庁が日々本社に家宅捜索に入ると通告してきた。狼狽した経営陣が緊急の社内調査を実施、記事を書いた政治部記者を犯人として差し出したのだ。

 今から考えれば、なんとおおらかな時代だと思うかもしれないが、中央官庁でも夜は通用口で人の出入りはチェックしていたものの、各課の戸締まりはいい加減だった。ドアのかぎをかけずに課員全員が帰宅してしまうこともしばしばあった。

 庁内にある記者クラブに在籍している記者は身内と同じで、出入りはもちろん、庁内を自由に歩き回ることができる。深夜に誰もいない課に入り込み、資料を拝借し、記事を書き、翌朝にこっそり返しておけば、取材せずにスクープすることも可能だった。

BusinessJournal編集部

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