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松江哲明の経済ドキュメンタリー・サブカル・ウォッチ!【第19夜】

事故で記憶をなくしたアーティストが過去と引き換えにたどり着いた真理

事故で記憶をなくしたアーティストが過去と引き換えにたどり着いた真理の画像1高次脳機能障害 を抱える ディジュリドゥ奏者のGOMA氏。
(「オルタスジャパン HP」より)
ーー『カンブリア宮殿』『ガイアの夜明け』(共にテレビ東京)『情熱大陸』(TBS)などの経済ドキュメンタリー番組を日夜ウォッチし続けている映画監督・松江哲明氏が、ドキュメンタリー作家の視点で裏読みレビュー!

今回の番組:2月7日放送『旅のチカラ“記憶の音”が響く大地へ~GOMAオーストラリア~』(NHK BSプレミアム)

 自分が撮影した「被写体」を、ほかの監督が「撮る」というのは、特別な緊張感がある。2013年2月7日、NHK BSプレミアムで放送された『旅のチカラ“記憶の音”が響く大地へ~GOMAオーストラリア~』は、僕が監督した映画『フラッシュバックメモリーズ3D』に出演したディジュリドゥ(オーストラリア大陸の先住民アボリジニが使用する金管楽器)奏者のGOMAさんのドキュメンタリー番組だ。

 僕はこの“GOMAさん”について、映画の企画を提案されるまで知らなかった。そう、2011年の1月に「交通事故で脳に障害を負ったGOMAさんというディジュリドゥ奏者が復帰を目指している。その過程をドキュメンタリーとして制作できないか」という話があった。しかし、僕は「リハビリや復帰までの過程を描くようなドキュメンタリーならば、撮れる自信がない」と答えた。

 だが、その年の3月29日に行われた彼の復帰お披露目ライブを見て、彼の奏でる圧倒的な音楽の力に驚かされ、GOMAさんを病気の人ではなく、音楽の人として記録することを決めた。そして、彼の音楽を最大限に描くには3D映像と5.1chの音響が不可欠と判断し、予算は変わらないまま劇場公開作を目指すことになった。全編ライブ映像と過去の記録映像のみで構成し、一切のインタビューの撮影もしなかった。僕はこの企画において、映画館で作品を“体感する”ような映画を目指したので、これで良しと覚悟を決めていたが、上映時は「この形では、被写体の魅力を最大限に伝えているとは言えない」という批判もあった。

 ぼくが今回、このNHKプレミアムの放送を見ながら、その言葉を思い出した。「旅」をメインに見据えたこの番組の演出は、GOMAさんが15年前に過ごしたオーストラリアに再び向き合う姿にぴったりと寄り添っていた。

 高次脳機能障害を持つ彼は、過去の記憶のほとんどをなくし、新しい事実も覚えにくい。事故当時、ミュージシャンとしての復帰は難しいだろうと診断されたが、GOMAさんは壮絶なリハビリと家族の支えによって、ライブを行えるほどにまで回復した。そしてこの番組では「なぜオーストラリアに惹かれていたのか分からない」彼が、15年前の自分と向き合うために、オーストラリアを体感しに行く。

 当時、独学でディジュリドゥを演奏していたが、限界を感じ、本場アボリジニとの出会いを求めて、この国に来たのだという。しかし、GOMAさんにその記憶はない。当時の日記を読み、町を歩くことで何かを思い出そうとする。当時アルバイトをしていた店の店主、星空を見ていた海岸、ディジュリドゥを共に演奏した仲間と出会うことで記憶が刺激される。彼らに「君はこんな演奏のスタイルだった」と指摘されるが、GOMAさんは「覚えていない」と答える。その姿は夕日に隠れて見えにくいが、どこか申し訳なさそうな声に聞こえる。だが、仲間は「僕の記憶の君はこんな感じ」と教えてくれる。映画撮影時、僕に「記憶は自分だけのモノではなく、誰かが覚えていてくれることで成立することもある」と常々GOMAさんが言っていたことを思い出した。

 GOMAさんは、アーネムランドというアボリジニの聖地に向かい、彼の師匠とも言えるジャルーさんと再会する。抱き合い、涙を流すほどの熱い抱擁が続く。GOMAさんが持参した昔の写真では幼かった赤ん坊たちも、大きく成長をしていた。童顔のGOMAさんと当時から達観していたジャルーさんだけが変わらない。ジャルーさんの奥さんは「彼はあなたが事故に遭ったと聞いてから、ここに帰ってくるように祈っていた」と伝える。

 そんな大きな再会があった日の夕方、GOMAさんが意識を失ってしまった。

 椅子に座ったまま遠くを見つめ、ディレクターの声にもうまく答えられない。焦って日本にいる奥さんに電話をすると「環境の変化や大量の情報が入ると、意識を失うことがある」と教えられる。制作スタッフはナレーションで「ホッとすると同時に、奥さんの強さを感じた」と告白する。僕も見たことがないGOMAさんの姿だった。

 GOMAさんは事故後に描き始めたアボリジニ風の点描の絵を持って、アボリジニのアーティストたちに会いにいく。「なぜ、自分がこのような形で絵を描いているのか」を教えてもらうためだ。なぜ頭の中に浮かぶ光景を絵にせずにはいられないのか。しかもアボリジニが得意とするスタイルで。

 GOMAさんはその中の一人の女性アーティストに「あなたにドットで描くことに意味があるのか?」と問う。

 しかし彼女は「ただ絵を埋めるだけ」と、そっけない答えだった。彼が「描く手段にすぎないのですね」と確認しても「そう」と。

 理由を探しても意味はない。描きたいと思うなら、それが答え。あまりにシンプルな回答だが、オーストラリアの大地で交わされる会話を聞いていると、不思議と納得させられてしまう。そういえば僕もGOMAさんを撮りたいと思ったのは圧倒的な音楽をライブで聞き、音楽を浴びたからだ。いろんな人に「なぜ3Dで(映画を)?」と問われることも多く、回数を繰り返すうちになんとなくそれらしい答えをしてしまうが、「思いついてしまったから」としかいいようのない気持ちもある。

 地べたに座り「その気持ちが答えなんです」と言い切るアーティストの表情から、GOMAさんが力を得たように、僕もそんな気持ちになれた。それはこの番組の制作者たちも同じだろう。シンプルに勝るモノはないのだ。GOMAさんを撮ると、そんなことに気づかされる。きっと視聴者にも伝わったはずだ。
(文=松江哲明/映画監督)

BusinessJournal編集部

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