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JAL再上場2年目の憂鬱〜コスト管理徹底で疲弊する現場と安全軽視、厳しさ増す経営環境

文=福井晋/フリーライター
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post_105.jpgJALの旅客機(「写真素材 足成」より)
 9月19日、日本航空JAL)が再上場して1年たった。2010年1月の経営破綻後、企業再生支援機構(現・地域経済活性化支援機構)から3500億円の公的資金投入を受けて資本を増強。銀行団も5215億円の債権放棄に応じ、経営再建を支援した。

 その下で同社は不採算路線廃止、人員約1万8000人(全体の約30%)削減などのリストラを進めた結果、経営破綻から2年7カ月で再上場を果たし、「奇跡のV字回復」ともてはやされた。財務体質も13年3月期の営業費用は1兆435億円と、経営破綻前の07年3月期と比べて半減、劇的に改善している。

 同社の植木義晴社長は9月18日の定例記者会見で「社員にコスト管理意識が芽生え、自ら採算性を考えて行動するようになった」と、経営再建の成果を自画自賛。業績回復の勢いに乗り、リストラで廃止した国内約40路線のうち10路線程度を復活する考えも明らかにした。

 一見、大成功に見える「JAL再生ドラマ」だが、再上場2年目に入った今、ROE(自己資本利益率)低下など、植木社長が自信を示した財務体質に加え、いくつかの課題も浮上、成長の勢いに懸念材料も見られる。

業績改善を生んだ社員の意識改革

 その背景を追う前に、まず2年7カ月の間、同社で行われたリストラの実態を見てみよう。

「JALの再建請負人」として、経営破綻後のJAL会長(現・名誉会長)を務めたのが、京セラ創業者の稲盛和夫氏であった。この稲盛氏の右腕として副社長(現・特別顧問)に就任し、JALへ京セラ流アメーバ経営注入を指揮したのが京セラコミュニケーションシステムの森田直行相談役だ。

 森田氏は、10年2月に「初めてJALに入った時、とても経営破綻した会社とは思えず、正常に運営している会社のような雰囲気だった。さらにびっくりしたのは『利益の感覚』が希薄なことだった」と語り、経営再建の一環として取り組んだ社員意識改革の過程を次のように振り返っている。

「JALには数字を見る人間がいなかった。予算や運航計画はきっちり作られてはいたが、作ってしまえばあとはそれを実行するのみ。予算は消化型になっており、運航計画は決められたとおりに飛行機を飛ばすことが重要とされていた。(略)しかし、現実には、市場に合わせて企業活動は変化させなければいけない。そのためにはチェックが必要だ。京セラスタイルの業績報告会を設置し、毎月細かな勘定科目ごとに予実差を説明してもらった。こうした活動を通して数字の重要性を浸透させ、さらにアメーバ経営の根幹である『小集団部門別採算管理』を実現するために、どのような組織やモノサシを作るか検討していった」

 そして航空事業では、コスト管理は基本的には1便ごとに収支を管理するのがポイントだとみた森田氏は、プロフィットセンターとして旅客航空機を運航する路線統括本部と営業部門、旅客機の荷物スペースを使って貨物を運ぶ部門に分けた。中核となる路線統括本部はさらに国内、国際に分け、さらに近接路線単位で小集団に分けて、それぞれにグループリーダーを置いた。

 また、アメーバ経営ではコストを可視化するために「社内取引単価」を決めているが、JALでは「パイロット費用」「キャビンアテンダント(客室乗務員)費用」「空港費用」などの単価を細かく決め、これを基に1便ごとに収支をはじき出せるようにした。森田氏は12年9月18日付「東洋経済オンライン」のインタビューで、「こうして1便単位で収支が可視化されると、決められた予算を消化するという従来のままではダメだと認識されるようになり、さらに収支を改善するにはどうしたらいいかを関係者が考えるようになった」と明かす。

 植木社長も「週刊エコノミスト」(13年9月10日号)のインタビューで、「すべての部署や社員が、常にコストを考えて仕事をするようになった。支店や羽田・成田では、現場の若い社員たちが最高のサービスを提供し、収益性を上げるためにはどうすればいいかを日々考え、行動している。この流れはもう止まらないと思う」と評価している。

コスト管理徹底の弊害

 だが、立場が変われば、こうした意識改革の見方も変わる。社員の声を追ってみると、悲鳴にも近い声が聞こえてくる。

 例えば、JALのCA(客室乗務員)は2万人近い人員削減により「勤務条件が劇的に悪化した」と打ち明ける。彼女によれば、経営破綻前のフライト時間は月70時間が平均だったが、経営再建に入ると一挙に平均90時間に増えたという。加えて、一人で何役もこなさなければならないため、成田-ニューヨーク線など10時間を超える長時間フライトでも休みを取る暇がなく、食事もできず、「立ちっぱなし乗務」が常態化しているという。

 ほかのCAからも、次のように人員削減のしわ寄せに喘ぐ現場の声も聞かれる。

「あるCAがフライト前に38℃の熱が出たので『明日は欠勤したい』とシフト管理者に電話をすると、『解熱剤を飲めば熱は下がる』と欠勤を許してもらえず、体調不良のまま乗務したものの、気分が悪くなって客の前で嘔吐した」

「チェックインのカウンター業務もCAが行うようになり、客室内の荷物入れを確認する人数が半減した。その影響で、離陸から水平飛行に移るまでの一番危険な時間帯に、棚に収納した客の手荷物が落ちてくる事故が頻発している」

 さらに心配なのが、コスト管理の行き過ぎによる安全軽視の風潮だ。その典型が、昨年8月の、ある国際線での出来事だったといえる。

機長が台風に向かって進む進路を変えず、「このまま台風を突っ切る。揺れるから注意せよ」とCAに指示した。驚いたCAの一人がその理由を質問すると、「台風を迂回すると燃料費が20万円余計にかかる」と答えたという。

 こうした過酷勤務や危険なフライトを嫌い、「再上場後も自己都合退職するベテラン・中堅社員が後を絶たない」(JAL関係者)という。

 別のJAL関係者からは、「アメーバ経営の良さを信じて収支改善運動に取り組む動きが盛り上がっているのは確かだが、それも稲盛さんや森田さんから受けた呪縛力がある間だけ」とうそぶく声も聞かれる。

一部業績に懸念材料も

 こうした、意識改革に対する経営陣と社員の齟齬に加え、意識改革を引っ張る肝心の業績も不安要素を抱えている。

 アメーバ経営で改善したはずの売上高営業利益率は、12年3月期の17.0%から13年3月期は15.8%に低下、14年3月期は11.0%(予想)と、さらに悪化の兆しを見せている。LCC(格安航空会社)との競争激化、円安による燃料費増加と国際線の収益悪化など、経営環境も厳しさを増している。

 こうした状況に対して、植木社長は9月18日の定例記者会見で、「いたずらに事業領域を広げることなく、航空運送事業にフォーカスし、日本と世界、世界と世界のヒト・モノをつないでゆく」との「成長戦略の方向性」を打ち出している。

 これを受けJAL関係者は、「アメーバ経営に半信半疑で取り組んでいる社員を鼓舞するためにも、守勢的でもいいから、もっと具体的な成長戦略を示してほしかった。このままでは、せっかく芽生えたコスト意識も、稲盛・森田の呪縛が解けたら元の黙阿弥。そうなれば、また『泥沼の社内抗争』が息を吹き返す」と顔を曇らせている。

 稲盛氏が心血を注いだアメーバ経営注入を、いかにして「自己統制力」に昇華してゆくかが植木社長に課せられた最大のミッションともいえるが、その遂行に与えられた時間は限られているのかもしれない。
(文=福井晋/フリーライター)

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