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鈴木貴博「経済を読む“目玉”」第14回

経済学的に正しい、低コスト“ばらまき型”予防医療とは?格差是正、医療費削減の効果も

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 私の知人も、検診で予防できる可能性の高い乳がん検診の普及に力を入れているが、なかなか予防への関心を高めることが難しいそうだ。私自身の経験でも、人間ドックで毎年胃がんや大腸がんの検査をしただけで安心している。実は知識としては胃がんの場合、半年に一度検査をしないと、年に一度の検査では手遅れで発見される可能性があるということを知っている。しかし内視鏡検査を年2回受けるのは苦痛だという理由で、年1回の人間ドックで「まあいいか」ということになっている。

 内視鏡検査の出費(負担額)は1回6000円。がん治療にかかる推定費用は数百万円だといっても、私自身がより安価な予防に関してこのありさまだ。私の場合、実はがんにかかったとしたら私自身は困るが、治療にも死後の家族の生活費にも保険が下りることになっているため、家族の生活水準が大きく変わることはない。

 しかし、日本にこれから急増していくことになる年収300万円層にとっては、そうはいかない。アメリカの中流家庭同様に、日本の中流家庭でも、一家の働き手ががんにかかってしまった途端に、家計の前提の歯車が食い違ってしまうということは起きうるのだ。

●ダールの豆プログラム

 さて、この問題を個人の問題ではなく社会の問題として捉えた場合、解決策はないのだろうか? このように病気にかかる前の安い予防策には関心を持たず、病気にかかった後はいくら高くても治療に費用をかけるというのが、世界共通の人間の性(さが)のようだ。

 しかしインド西部のある都市でNPOが行った興味深いプログラムに、問題の解決のヒントがあるかもしれない。このNPOでは子どもに予防接種を受けさせるのに、単に予防接種を無料にするだけではなく、予防接種一回につき、その土地の主食であるダール豆900グラムを母親にプレゼントすることにした。

 その結果、何が起きたのか? この地域ではそれまで5%だった予防接種率が一気に38%にまで向上したのだ。900グラムのダール豆はNPOにとってはわずか2ドル以下のコストなのだが、それだけのコストでこの予防接種プログラムは世界でも類を見ないほどの成功を収めたのである。

 これを日本に置き換えて考えてみよう。

 乳がんの予防は、がん患者を減らすことで健康保険の財源を減らす効果がある。だからさまざまな広報活動を行って、がん検診への参加を呼び掛けているのだが、なかなか十分な状況には至っていない。

 そこにもし、このダール豆のプログラムを導入したらどうだろう?

 日本とインドの購買力平価で考えれば、たとえば「乳がん検診をした女性には、もれなく3000円のお買い物券を差し上げます」という感じだろうか。そうすれば、乳がん検診の受診率は飛躍的に高まるのではないだろうか? 

 でも「もし、そんなことをして100万人がこのプログラムに殺到したらどうなる?」という反論があるかもしれない。計算してみよう。100万人に3000円を配ったら、その合計コストは30億円になる。一方で、もしそれで1000人の乳がんが予防できたら、一人当たり400万円、合計の治療費が40億円節約できるかもしれない。だったら病気の予防にインセンティブをばらまくというアイデアの収支は、意外と合うのではないのか?

 そして何よりもいいことは、このような知恵を用いることで、格差社会のセーフティーネットがまたひとつ、低コストで拡充されることになるかもしれないという点なのだ。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

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●鈴木貴博(すずき・たかひろ)
事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『NARUTOはなぜ中忍になれないのか』『「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱』(ともに朝日新聞出版)、『戦略思考トレーニング』(日本経済新聞出版社)、『カーライル 世界最大級プライベート・エクイティ投資会社の日本戦略』(ダイヤモンド社)などがある。

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