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室井一辰『気になる医療の“裏”話』(6月8日)

血圧、血糖値…新健康基準の衝撃 なぜ従来の正常値を大幅緩和?薬剤費抑制狙う健保

室井一辰/医療経済ジャーナリスト
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 新健康基準とは何かを復習しておくと、よく指摘されるのは、高血圧の基準に関するものだ。従来、日本高血圧学会は正常血圧を収縮期血圧(いわゆる「上の血圧」)が130mmHg(ミリメーターエイチジー)未満、拡張期血圧(いわゆる)下の血圧」)が85mmHg未満と示してきた。それを、日本人間ドック学会は健康な人を対象とした検証に基づいて、健康基準の上限を「上は147mmHg、下は94mmHg」と示し、日本高血圧学会の基準で健康管理をしてきた人々を驚かせた。さらに日本人間ドック学会は、血糖値とコレステロール値の正常値も発表し、あまりにも従来の基準値と差があったため、世間からは「画期的」と受け止められた。一方、医療従事者の間では否定的に受け止める向きが目立ち、高血圧で本来治療を受けるべき人が治療をやめる可能性を懸念した。

 ここでは、こうした患者や医療従事者の意見はあえておいておき、健保連の視点から考えてみたい。

 健保連が新健康基準の発表にかかわった理由は、医療費抑制につながるからだ。高血圧と診断されて治療をすると、患者は年間3万円近くの薬代を負担することになる。そうした人が日本には約3000万人いるとみられ、薬剤費に換算すれば1兆円近くになる。健保連からすれば、患者が薬の服用をしているおかげで心筋梗塞や脳卒中にかからず、心筋梗塞や脳卒中にかかる手術費を年間1兆円相当分抑制しているならば、あえて新基準を策定する必要はないだろう。

 問題となるのは、もしこれまで高血圧とされて薬を服用してきた人の中に、実は薬を飲もうが飲むまいが心筋梗塞や脳卒中にならない人が紛れていた場合だ。予防につながらない薬であれば飲む必要はない。健保連にしてみれば、無駄な医療費を薬につぎ込んでいたことになる。

●薬剤費の節約を狙う健保連

 今回、健保連と日本人間ドック学会がこのような新基準を発表した背景として、米国の動きにも注目をしたい。米国では、昨年末に米国高血圧学会が新しいガイドライン「JNC8」を10年ぶりに発表し、高血圧の基準を緩和していた。科学的根拠がある部分として、60歳以上だと「上は150mmHg未満、下は90mmHg未満」とする。その下の年齢層であれば、下の血圧だけを90 mmHg未満にすればよいと示し、さらに上の血圧を下げてもメリットがあるという根拠はないと明記した。

 日本の健保連の立場からしてみれば、これは魅力的に映ったはずだ。血圧が高めでも、ほとんど健康には影響ないという内容であり、仮に米国のガイドラインを日本でも採用すれば、今薬を飲んでいる人の中で高血圧に当てはまらない人が出てくることになり、薬剤費を節約できる可能性が出てくるからだ。

 新健康基準の各値が、米国高血圧学会が新たに発表したそれらと近い点は重要だと考えている。日米の水準を比べる論争が生じれば、間違いなく日本の水準を再検討する機運は高まり、科学的根拠の明確な水準が何かを見極める動きが活発になるのは、健保連にとっては望ましい。

 健康保険組合は今後、国の方針に従って本当に必要な医療が何かを検証する可能性が高い。筆者は自著『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP社)の中で、米国医学会が列挙した無駄な医療について100項目にわたって解説しているが、将来、 医療機関で診療を受けた後に健康保険組合から「あなたの受けた医療は無駄」という警告を受ける日がくるかもしれない。
(文=室井一辰/医療経済ジャーナリスト)

【本連載の説明】
初めまして、室井一辰といいます。医療経済ジャーナリストとして、6月に『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP社)を上梓します。今後、ここで国内外の医療にまつわる経済の話題を、月に2回ほどのペースで書いていきたいと思います。普段はちょっと気に掛ける機会のない話題かもしれませんが、得する情報をお伝えしたいと思います。よろしくお願いします。

●室井一辰
医療経済ジャーナリスト。東京大学卒業。「週刊ポスト」(小学館/5月2日号)の特集『「血圧147は健康値」の怪奇』が大ヒット企画となり、競合誌やテレビ、新聞を巻き込む論争を起こした。医療専門メディア、経営メディアで、病院、診療所、公的機関、営利機関などを取材して記事を執筆している。

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