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室井一辰『気になる医療の“裏”話』(7月14日)

「無駄な医療撲滅運動」の衝撃 医療費抑制も期待、現在の医療行為を否定する内容も

文=室井一辰/医療経済ジャーナリスト
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「無駄な医療撲滅運動」の衝撃 医療費抑制も期待、現在の医療行為を否定する内容もの画像1「Choosing Wisely」のHPより
 筆者は6月、『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP社)という書籍を上梓した。2014年現在でも進行中の、米国の医学界による「無駄な医療撲滅キャンペーン」の動きを、日本で初めてまとめた。その内容は本書出版まではほとんど日本では知られていなかったが、日本にとっても無視できない動きだと考えている。米国流を礼賛する意図はないが、米国の“良いとこどり”は賢明な選択だ。

 6月にスタートした出版連動連載の記事『米国医学会が出した「衝撃のリスト」』(日経ビジネスオンライン)が同サイト週間アクセス数トップとなり、人々の医療への関心の高さををあらためて認識する一方、フェイスブックのシェアが10日間で1万7000件まで広がり、ネット上での記事拡散範囲も医療界から学界、行政、経済界など幅広く、関心の幅の広さも興味深い。

 そこで今回は、米国で始まった無駄な医療撲滅運動をめぐる裏話を紹介しつつ、手加減のない米国流キャンペーンの背景に何があるのかを探ってみたい。日本の医療政策、医療事業を考える上でも参考になるはずだ。

「無駄な医療」をおよそ250項目列挙

 前出の「衝撃のリスト」が強い関心を集めた理由は、世界的地位のある米国医学会が無駄な医療を認定しているため、信憑性を伴っているからだ。世界の医師が模範とする医学会が団結して公表しているという点が重要だ。米国の医師約60万人のうち8割に当たる約50万人が、所属学会を通してこの「無駄な医療撲滅運動」に参加している。この運動は、「Choosing Wisely(チュージング・ワイズリー)」と呼ばれており、興味深い動きであるにもかかわらず、日本でほとんど知られていなかったのは、英語や専門性の壁のほかに、日本で公然と行われている医療行為を無駄だと示している事例もあるため、進んで紹介しようという人がおらず、既得権の壁のようなものもあったのではないか。

 米国内科専門医認定機構財団(ABIM財団)という非営利組織が中心となり、米国に複数存在する医学会に呼びかけ、無駄な医療を挙げている。13年の段階で参加する医学会は71団体を数え、50学会が約250項目を挙げるところまで拡大した。その内容はインターネット上で無料で全項目公開している点が重要だ。誰もが簡単に無駄な医療の中身を見られるようになっている。

 「ピルをもらうのに膣内診は不要」

 「じんましんができても検査をするな」
 「中耳炎で抗菌薬を飲むな」
 「超高齢者にコレステロールは無用だから使うな」

など、日本では一般的に行われているような医療行為についても、不要だと認定されているものもある。

 筆者がこの米国医学会の動きを知ったのは、13年夏頃、米国不整脈学会が無駄な医療を数え上げていることを知ったのがきっかけだったが、当初は「衝撃のリスト」の持つ価値に気づかなかった。日本にとっても実はかなりのインパクトのある内容を、淡々と落ち着いた文面で発表していたためだ。例えば、前出の「超高齢者にコレステロールを使うな」「じんましんで検査するな」というような内容は、日本で多くの医療機関が手掛けている医療行為を否定する内容になる。そのため、その内容の重要さに時間をかけて気が付き、日本では間違いなく賛否を呼ぶ内容だと想像できたので、和訳して世に問うてみようと思ったのが冒頭の自著出版のきっかけとなった。

日本の医療界にとっても有益

「衝撃のリスト」が良いのは手加減がないところだ。日本でも患者向けに医療行為を説明するものはあるが、わかりやすく解説しようとするあまり、内容が平易すぎて専門性の低い内容に陥りがちだ。病気の当事者に近づけば近づくほど、細部を知りたくなるものだ。「衝撃のリスト」を見ていくと、前述のような比較的、理解しやすい項目だけではなく、次のように専門性の高い項目も並んでいる。

 「コルポスコピーは、子宮頸がんの経験がある場合も安易にしない」
 「糖尿病では、スライディングスケール法を用いて血糖値を管理しない」 
 「抗核抗体の関連検査は安易にしない」
 「ぜんそくの診断ではスパイロメトリーを使って」
 「アレルギー検査に非特異的IgE検査、IgG検査は避ける」
 「『いきなり手術』はご法度」

 これらはすべて病気の当事者にとっては切実な問題になっており、無駄な医療行為の項目はまだまだ拡大中である。

繰り返しになるが、米国の「衝撃のリスト」は、日本の患者にとっては診断、治療、予防の選択肢を考える上で非常に役に立つ。さらに、健康保険関係の団体などにとっても、保険料をかける価値のある医療を検討したり、国や地方自治体が医療政策を考える上でも重要になってくる

背景に医療費高騰という問題

 では、米国医療界はどのような動機で、このようなリストを作成・発表しているのだろうか。

 まず、大きなきっかけとなったのがオバマケアだ。従来、米国では約5000万人もの無保険者がおり、医療機関での診療を容易に受けられない状態にあった。オバマケアは、こうした状況を大きく転換して、日本のような国民皆保険を実現しようとする動きだ。しかしこれは、低所得層の医療利用が進む半面で、日本をはるかにしのぐ総額約300兆円に医療費が増大する可能性があるため、米国は医療費の抑制にも動く必要に迫られている。医療提供者にしてみれば、医療費抑制の動きの中で、本当に必要な医療行為にまでカネが回ってこなくなるのは避けたい。そこで、無駄な医療行為に流れるカネの流れを断ち、必要な医療行為にカネを回しやすくする環境をつくりたいという意図があると考えられる。

 このほかには、米国で進行する「self-referral(セルフリファラル)」という問題への批判に応えようとする意図があると思われる。「医療界が自分だけの尺度で医療行為の意義を判断して実施するのはまかりならない」という批判だ。ある検査を行う際、医療を施す側のみの判断で検査を増やすと、本来は無意味な検査が実施され、「やりすぎ」になる恐れがある。米国では、医療界に対して、医療界の外の尺度も踏まえて、医療行為の価値を判断するように求める動きが広がっているのだ。これにより、米国の医療界には自らが推進しようとする医療行為について「なぜ必要なのか」を説明する責任が生じるようになっている

 以上みてきた動きは、日本の医療界にとっても決して無関係ではない。米国同様に日本の医療界の内側からも、無駄な医療撲滅運動が出てくる素地はある。ちなみに、すでに欧州など米国外にも同様の動きが広がっており、日本国内の今後の動きが注目される。
(文=室井一辰/医療経済ジャーナリスト)

室井一辰

室井一辰

医療経済ジャーナリスト。東京大学卒業。「週刊ポスト」の特集『「血圧147は健康値」の怪奇』が大ヒット企画となり、競合誌やテレビ、新聞を巻き込む論争を巻き起こした。医療専門メディア、経営メディアで、病院、診療所、公的機関、営利機関などを取材して記事を執筆している。主な著書に『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP社)がある。

Twitter:@isshinmuroi

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