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三菱重工、苦境の造船事業の活路・大型客船、なぜ特損で誤算?海外勢対抗への「高い勉強代」

文=福井晋/フリーライター
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三菱重工、苦境の造船事業の活路・大型客船、なぜ特損で誤算?海外勢対抗への「高い勉強代」の画像1三菱重工業本社(「Wikipedia」より/Kentin)
 三菱重工業(以下、三菱重工)が5月9日に発表した14年3月期連結決算は、売上高が前期比18.9%増の3兆3495億円、営業利益が同26.1%増の2061億円、最終利益が同64.8%増の1604億円となり、営業利益は2期連続の最高益更新となった。好業績に貢献したのは火力発電プラント、化学プラントなどを中心としたエネルギー・環境部門。同部門だけで売上高の37%、営業利益の54%を稼ぎ出した。

 この好業績を株式市場も評価し、決算発表当日の株価は7%上昇した。同社の野島龍彦CFO(最高財務責任者)は「会社が変わってきたと実感している。大宮(英明・取締役会長)改革の成果で事業評価の仕組みなどが現場で機能するようになり、数字が伴ってきた」と、記者会見で決算内容に胸を張った。

 そんな好調な決算内容の中で目を引くのが、641億円も計上された「客船事業関連損失引当金」だ。同社が造船事業分野の生き残り策として取り組んでいる大型豪華客船事業における損失分だが、なぜ巨額損失が発生したのか。

 株式市場では「腰が重すぎて成長できない」と評される三菱重工だが、実際、14年3月期の売上高3兆3495億円は、84年3月期の同3兆3295億円とほとんど変わらない。過去30年間、売上高が実質横ばいだったことを示している。

 この「腰が重すぎる」三菱重工が今、「腰を軽くしよう」ともがいている。その施策は、CFOの野島氏が口にした前述の「大宮改革」と呼ばれる事業構造改革だ。大宮改革とは、社長時代の大宮会長が10年度から開始した改革。限られた資源で企業価値を最大化させる「ポートフォリオ経営」を目指して「戦略的事業評価制度」を導入。全事業を64の「戦略的事業ユニット」に集約して、事業ユニットごとに事業の成長性や投下資本利益率を評価、経営資源の適正分配や事業の縮小・撤退を決める基準にしている。

大胆な大宮改革

 大宮改革については、次のようなエピソードがある。

 07年当時、副社長だった大宮氏が社内で資材調達の口座数を調べさせたところ、7万口座あったという。当時の社員数は約3万3000人。社員1人当たり2.1口座もある勘定だった。「いくらなんでも、これは異常」と感じた大宮氏は、口座の詳細を再調査させた。すると今度は「実際の口座数は1万口座だった」との報告が上がってきた。

 この大きな違いは資材調達の重複が原因だった。当時の同社では、同じ調達先でも部署ごとに口座を設け、さらに同一部署でも事業所ごとに口座を設けていたからだ。したがって、一括調達できる資材であっても部署ごと、事業所ごとに個別発注していた。大宮氏は「この壮大な無駄を誰も疑問に思わないコスト意識のなさに、唖然とした。これが大宮改革の動機になった」(同社関係者)という。

 こうしたコスト意識向上を目的とする改革進展で腰が軽くなり、「会社が変わってきたと実感している」(野島氏)はずの会社での巨額損失発生だった。このため株式市場関係者の中には「しょせんは自画自賛の改革。コスト意識の低い三菱重工は、やはり成長できない」と揶揄する声も上がっている。

相次ぐ誤算で損失拡大

 同社が今年3月24日、特損計上を明らかにしたのは、11年11月にクルーズ客船運航世界最大手の米カーニバル社傘下の欧州アイーダ・クルーズ社(以下、クルーズ社)から受注した12万5000総トン・3250人乗りの大型豪華客船1番船と2番船の建造費。推定受注額は2隻合わせて約1000億円。三菱重工独自の「三菱空気潤滑システム」をはじめ、最新の船舶省エネ技術を採用した最新鋭客船でもある。

 特損が発生したのは、受注前の見積もりよりも建造費が膨れ上がり、600億円規模の費用追加が必要になったためだが、なぜ見積もり誤算が生まれたのか。

 まず客室内装や空調をはじめとする仕様確定作業が難航した。「仕様に関してクルーズ社と当社の間で認識に大きな齟齬があった。再確認の結果、クルーズ社の要求は当社想定よりもかなり高級な仕様だったことが判明した」(同社関係者)という。

 しかも、クルーズ社からの指示で資材調達先も変更を余儀なくされ、十分な価格交渉をする時間的な余裕がなく、ほとんど相手の言い値で調達せざるを得なかったという。さらに、仕様変更が続出したことで設計の見直しも相次ぎ、資材費と設計費の双方が雪だるま式に膨れ上がった。

 1番船の建造は、顧客側の要求で建造中に仕様変更を余儀なくされるケースが多く、その分、追加費用が発生するリスクが高い。だが、同社は大型豪華客船の1番船を手掛けた経験がなかったため、仕様変更に対するリスク認識が甘く、リスク対策を盛り込まない契約で受注したため損失を拡大させたといわれている。

 造船業界に詳しい証券アナリストは「見積もり誤算は不可抗力的な点もあるが、やはり根底にコスト意識の希薄さがあったのは否めない」と指摘する。

中韓勢に引き離される日本の造船業界

 同社が今回の受注を獲得した11年は、造船業界にとって最も苦しい時期だった。日本造船工業会によると、11年の新造船受注量は前年比35%減の768万総トンと急減。世界の新造船受注量に対する日本のシェアは14%から13%に後退した。同時期に韓国はシェアを33%から44%に拡大した。

 韓国勢に水をあけられた日本の造船業界は焦り、各社は懸命に挽回策を模索した。そんな中、三菱重工が活路を見いだしたのが客船事業だった。同社は戦前から「浅間丸」「氷川丸」などの客船を建造する、大型客船の建造実績がある唯一の国内造船会社。前出アナリストは「同社は造船事業の生き残り策として、10年7月に決定した造船所集約を機に、中韓勢が世界中で価格攻勢をかけている汎用貨物船建造から事実上撤退。高い技術力を生かせる大型客船、LNG(液化天然ガス)運搬船、資源探査船など付加価値の高い造船建造に事業方針を転換していた。そして、客船事業を造船の収益柱にしようとしていた」という。

 客船は新興国などの景気動向に左右されて需要が大きく変動する汎用貨物船に比べ、需要が安定しているといわれている。現にクルーズ社も、16年までに8隻の大型豪華客船を追加発注の計画とみられており、クルーズ社の1番船受注を確保すれば、追加受注も期待でき、造船事業の安定化につながる。

 また、汎用貨物船の受注金額は1隻当たり数十億円が相場なのに対して、LNG運搬船は200億円、大型豪華客船は最低でも500億円を下らない。一方、汎用貨物船の部品点数が約25万点に対し、大型豪華客船の部品点数は約1200万点にも上る。

 高度な技術が必要なため、造船業の歴史が浅い中韓勢に大型豪華客船を建造する能力はなく、競争相手は独マイヤー、伊フィンカンチェリなど特定の欧州造船所に限られる。同社としては、競合が少ない市場で、しかも10%以上の高い利益率が得られる大型豪華客船は、戦略的にも魅力的だった。

 この新事業がスタートした矢先の特損発生。なお、1番船は今年5月3日に無事進水済みであり、現在は来年3月の引き渡しに向け、客船の機能を装備するための艤装工事中だ。

 株式市場では「今回の巨額特損により、三菱重工は造船事業戦略の見直しをせざるを得ない」との声が強い。だが、前出アナリストは「641億円は確かに痛い冗費だが、捨て金にはならない。転んでもただでは起きないではないが、これを教訓に『中韓勢が容易に参入できない障壁構築』の学習費と、積極的に捉えるべきだろう」と事態を静観している。

 成長戦略に誤算はつきもの。誤算をいかに迅速に修正し、成長戦略を軌道に乗せられるか。同社の造船事業は今、その力を問われている。
(文=福井晋/フリーライター)

福井晋/経済ジャーナリスト

福井晋/経済ジャーナリスト

1948年大阪市生まれ。ITビジネス誌記者、ビジネス総合誌編集長などを経て2001年よりフリーに。マーケティング論が専門。これまで上場企業を含め1000名以上の社長に経営戦略を取材。

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