●日常生活上の問題
続いて、児童や生徒だけでなく、大人も含んで、性同一性障害の人が、日々直面している問題についてお話ししたいと思います。ネットや書籍で調べた結果、日常生活の中で、特に問題となることとしては、「トイレ」と「入浴」が大きいようです。
まず、「トイレ」の問題については、「女性トイレ、男性トイレのどちらに入ったらよいのかわからない」という悩みがあるそうです。自分の意識しているジェンダーと異なるトイレに入るのはすごく抵抗があるけれど、周りの人に奇異な目で見られたり、騒ぎになったりするのは困るし、怖いという気持ちがあるようです。
しかし、ホルモン治療などを行い、男らしい、または女らしい体型を獲得できていれば、トイレに入ること自体は問題とならないようです。また、個室に入ってしまえば安心できるそうです。
では、次に「入浴」の問題です。私は、手術療法を終えた人は、別段問題もなく入浴できるだろう、と思っていたのですが、かなり甘かったことがわかりました。
例えば、MTF(男性から女性への変換)の手術をした後でも、背が高くて筋肉質の体型の人が、女湯へ入浴することは、心理的に難しいそうです。体型に問題がなくても、事前にすね毛や胸毛等の処理を行い、耐水タイプのファンデーションやマニュキュアをして、派手な下着は着用せず、かつらをしている場合は完璧に固定をして、歩き方など立ち振る舞いにも十分に注意するそうです。
性を変えるということは、単に「体を変えれば済む」というものではなく、日々自分自身で、「新しい性を創り上げていく」ということなのです。
すべての性同一性障害の人が、手術療法を選択するわけではありません。ホルモン療法で、服を着た状態で、男らしい、または女らしい外観を得られれば、それで十分という人も、多くいるようです。そういう人たちは、大衆浴場に行かないようにしているのだろう、と安易に考えていたのですが、本人が望まなくても入浴しなければならないケース(会社の慰安旅行など)もあるようで、色々な対応を迫られているそうです。
男性の体を持ちペニスや睾丸が残った状態で、女湯に入るのは不可能のようにも思えますが、ホルモン療法で乳房の形状が完成していれば、女性の友人にアシストしてもらいながら、前をタオルで隠しながら(ペニスや睾丸があることがバレないように)女湯に入るという方法があるそうです。
逆に、女性の体であっても乳房がそれほど目立たない場合は、タオルは腰に巻き付け、股間の部分に手を添えて(ペニスや睾丸がないことがバレないように)、男湯に入るという技もあるそうです。
また、エピテーゼを利用するという方法もあるそうです。エピテーゼとは、義足、義手や、あるいは顔の一部が欠損している場合などに体の表面に取り付ける人工物のことです。この場合、ペニスと睾丸のエピテーゼになります。オーダーメードでは20万円以上もするそうです。
●日常の生活が、性同一性障害で悩む人には非日常的な生活
今回のインタビューや調査で、多くの人にとってまったく問題のない日常の生活が、性同一性障害の人にとっては、とても難しい非日常的な生活の連続であることがわかりました。
その一方、今の教育現場でも、具体的な対応が始まっており、性同一性障害の子どもを助けるためだけではなく、子どもたちが、「性の多様性」を理解する良い機会になってほしいと願っています。
さて、そのような機会を得ることがなく大人になってしまった私については、まず「女湯(男湯)に入っている人は、全部女(男)だ。女同士(男同士)、細かいことは気にしないで、お互いのんびりと入浴を楽しみましょう」という雰囲気をつくることから、少しずつ始めていきたいと考えています。
では今回の内容をまとめます。
(1)性同一性障害で男性から女性への性適合手術を行った人のインタビューを通じて、「性の不一致」の自覚から、手術、そして現在に至るまでの日々を紹介いたしました。
(2)性同一性障害の児童または生徒に対する、教育現場での対応の概況を紹介しました。
(3)性同一性障害の人の「トイレ」と「入浴」を例として、困難な問題と、その対応に迫られる日々を紹介しました。
次回は、性同一性障害の人の日常が裁判にまで至った事件として、「性同一性障害の男性の子どもは、嫡出子となれるか否か」に対する最高裁判所の判断と、さらに、未来に向けて、MTFの人の出産の可能性についての検討と提言を行います。
(文=江端智一)
※なお、図、表、グラフを含んだ完全版は、こちら(http://biz-journal.jp/2014/08/post_5706.html)から、ご覧いただけます。
※本記事へのコメントは、筆者・江端氏HP上の専用コーナー(http://www.kobore.net/gid.html)へお寄せください。