ビジネスジャーナル > 自動車ニュース > トヨタ、生産方式をゼロから大改革
NEW

トヨタ、生産方式をゼロから大改革「TNGA」の衝撃 二律背反の目標狙う

文=片山修/経済ジャーナリスト・経営評論家

トヨタ、生産方式をゼロから大改革「TNGA」の衝撃 二律背反の目標狙うの画像1トヨタ自動車のプリウス(3代目前期型/「Wikipedia」より/Mytho88)
 いま、世界の自動車業界において、クルマづくりを抜本的に変えるモジュール化の嵐が吹き荒れている。

 モジュール化の代表例は、独フォルクスワーゲンの「MQB(モジュラー・トランスバース・マトリックス)」、ルノー日産自動車の「CMF(コモン・モジュール・ファミリー)」である。このほか、独ダイムラー、独BMW、米フォード、韓国現代自動車、マツダなども取り組んでいる。

 モジュール化とは簡単にいうと、車両をいくつかのモジュール、すなわち塊に切り分けて、車高や重量などに従ってバリエーションを用意し、その塊を組み合わせることによって複数車種をつくることである。もとより、世界一の自動車メーカーのトヨタ自動車も、モジュール化に取り組んでいる。「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」がそれである。TNGAは「アーキテクチャー(クルマづくりの設計思想)」の大改革を意味するが、これによる車種はまだ誕生していない。TNGA第一弾となる新型「プリウス」の発売予定は来年で、その評価を下すのは時期尚早といえよう。

 ただし、TNGAが計画通りに実現すれば、トヨタは一回りも二回りも強くなるのは間違いない。それほどの威力をもつ大改革である。

●トヨタの深い反省

 まず、トヨタがTNGAに取り組む背景から見てみよう。12年4月9日に開かれた「もっといいクルマづくり」説明会の席上、トヨタ社長の豊田章男氏は次のように語った。

「台数や収益といった、本来、結果であるべきものが、いつの間にか目的になってしまい、誰のために、なんのために、クルマをつくるのかという自分たちの使命を、少し忘れていたのではないかと思います」

 この言葉には、トヨタの深い反省が込められている。同時に、トヨタが全社を挙げてTNGAに取り組む理由が示されている。トヨタはフルラインメーカーのため、プラットホームファミリー数は2ケタにおよぶ。加えて、床の高さやホイールベース、サスペンション形式、駆動方式、HVの有無といった違いによって、プラットホームの総数は膨大な数に上る。エンジンをみても10を軽く超える基本形式があり、排気量や各国の規制対応、駆動方式などにより、品番数は3ケタに達する。したがって、これらの開発には、莫大な固定費がかかるのだ。

 トヨタに限った話ではないが、08年のリーマン・ショックを機に、自動車メーカー各社は開発のあり方を抜本的に見直す必要に迫られた。トヨタは、「もっといいクルマづくり」の要件をまとめる上で、生産する車種を4つのゾーンにジャンル分けした。趣味・感性に特化したスポーツ系の「Aゾーン」、量販車や個人・一般向けの「Bゾーン」、社会貢献に資する車や商用車の「Cゾーン」、新しいコンセプトや技術を提案する「Dゾーン」だ。顧客が求めるデザイン、走行性能、乗り心地、装備などは、ゾーンによってそれぞれ異なる。それを明確化したのである。

 次に、車両構成を「基本部分」と「地域対応」の上下2つに分けた。「基本部分」は、下部・前部のエンジンルームと、後部の人が座るフロアの部分、すなわちプラットホームだ。この部分は、世界トップレベルにまで性能を引き上げ、長期的な競争力を備えたうえで共用化し、全体最適を図る。「地域対応」は、“上屋”部分である。いいクルマの要件は、地域や車の使われ方によって異なる。中国、北米、日本、東南アジア、欧州、中南米の地域ごとに上屋の最適化を図り、顧客の嗜好に合わせた “味付け”をする。

 では、このような基本的要件のもとで、どのように「もっといいクルマづくり」を具体的に進めるのか。技術開発担当の副社長、加藤光久氏は、前出の説明会の席上でこう語った。

「世界トップのクルマをつくるために、基本性能を飛躍的に向上させたうえで、アーキテクチャーを定めたり、グルーピング開発などを進めます。そのことによって、競争力の高いユニットや部品ができて、それを賢く共用化することが可能になります。つまり、いいものをつくり、共用化することによって、元手が生まれます。その元手を開発のリソースや、地域の最適化に使うことができるようになります」

 整理すると、(1)基本性能の向上、(2)グルーピング開発による部品・ユニットの賢い共用化、(3)仕入れ先と協力して原価を低減、(4)商品力向上の4つからなるサイクルを回転させる。すなわちTNGAは、大幅な「商品力向上」と「原価低減」の二律背反する目標を、同時に達成することを目指しているのだ。

●TNGAの具体的作業

 トヨタは13年4月、「TNGA企画部」と「商品・事業企画部」を新設した。両部は技術を軸に、商品・事業企画部は顧客や事業ニーズの吸い上げを通じて、それぞれ中長期の製品企画を立案する。

 具体的な作業は、図式化するとわかりやすい。基本構造は、3層のピラミッド型だ。上から順に、(1)中長期の商品ラインナップ、(2)アーキテクチャー、(3)モジュール・部品(グルーピング企画・開発)だ。上位概念である(1)を先に決め、(2)(3)へと落とし込む。

 具体的に見てみよう。(1)では、市場動向や環境や安全、法規・規制の動向など、外部環境を先読みしながら、開発能力、地域収益の目標、商品投入タイミングの内部事情を考慮し、各セグメントの中長期にわたるラインナップを定める。いつ、どのような車を出すかなど、ゾーンごとに商品ラインナップを決め、プラットホームやユニットもここで決定する。この「中長期の商品ラインナップ」をオーソライズするのは、社長と6人の副社長から構成される戦略副社長会である。

 続いて、(2)ではクルマを設計するうえでの性能企画、パッケージ、主要部品の配置、レイアウトの設計思想を決める。そして、(3)では規定されたレイアウト、標準化されたインターフェイスに沿ってモジュールを決め、開発を進める。

●徹底した「緻密さ」「厳密さ」による標準化

 トヨタは、TNGAに基づく新ユニットの開発にあたって、アーキテクチャーの策定を行い、開発の効率化を図った。例えば、最適なドライビングポジションのアーキテクチャーは、乗り降りや運転のしやすさを考えて策定された。どのヒップポイント地上高でも、ベストな姿勢が保てるように考えられたほか、ペダルおよびステアリングの配置も操作のしやすさを重視して決定された。

 ユニットそのものの低重心化と同時に、低配置化が徹底された。指摘するまでもなく、自動車の重心の位置は、走行安定性やハンドリングに大きく関わる。重心が低いほど、ロール、ピッチなどによる荷重移動量が減り、四輪の接地荷重の変動が小さくなる結果、姿勢変化も少なくなる。操作性は確実によくなるのだ。逆に、重心が高い自動車は、ロール、ピッチを小さくするために、スタビライザを強化するなどの対策が必要となり、路面の小さな継ぎ目や凹凸に追従しにくくなる。加えて、重心の高さはデザインにも関わる。つまり、走りの楽しさや乗り心地のよさ、デザインには、低重心化が欠かせないのだ。
 
 また、ドライビングポジションやヒップポイント地上高が定められた結果、その周辺部品の共用化が格段に進められた。つまりトヨタは、TNGAにおいてユニットや部品の配置、置く角度などを、徹底した「緻密さ」「厳密さ」で統一し、標準化を行ったのだ。

 加藤氏は、同説明会の席上、重心高について次のように語った。

「現状は、残念ながら競合車に劣るレベルですが、次期モデルではクラストップの低重心を実現させ、運動性能で競合トップを目指して開発を進めていきます」

 ここで、加藤氏がいう「競合車」が、フォルクスワーゲンを指していることは間違いない。

●「部分最適」から「全体最適」へ

 TNGAのポイントの一つは、仕入れ先と調達、生産技術、技術の各部門の四位一体の活動にある。よりシンプルでつくりやすい部品・ユニット構造を実現しなければいけない。結果、製造工程もシンプルでコンパクトになり、これまで以上に高い品質が確保できるというわけだ。例えば、エアバッグは従来の2方向組み付けから、1方向組み付けにする。 

 また、部品のグローバル標準規格への取り組みにも踏み切った。従来は、トヨタ専用規格に準じた部品開発にこだわってきたが、ほかの自動車メーカーがグローバルに採用している標準部品も採用できるようにした。
 
 当然、部品の共用化は調達のあり方を変える。これまでは車種や地域ごとの切り替えのタイミングに合わせて、個別に部品発注していたが、今後はTNGAに基づき、将来の車種を見据えた部品シナリオのもとに、「まとめ発注」が推進される。

「中長期の商品ラインナップ」が決まっているので、車種、地域、時間をまたいで、部品を大量に発注し、コスト競争力の確保につなげられる。いってみれば、車種や地域ごとの「部分最適」から、トヨタ全体を考えた「全体最適」への転換である。個別車種ごとから、複数車種をまとめた発注にすることで、十数万単位だった発注量を数百万単位に増やせれば、大きなコスト削減効果が期待されるのだ。

●販売台数上積みへの切り札

 14年上半期の世界販売台数は、トヨタが509万7000台で首位を維持したが、フォルクスワーゲンは506万6000台で、その差はわずか10万台に過ぎない。トヨタは年間の世界販売台数を1032万台と計画する一方、フォルクスワーゲンは1000万台と見込む。トヨタは台数を追わないと明言しているが、フォルクスワーゲンがいずれ世界販売台数1位の座を獲得するのは、もはや時間の問題といえるだろう。

 フォルクスワーゲンの「MQB」によるモジュール化の取り組みは、トヨタの一歩も二歩も先を行っている。トヨタが1000万台をスタートラインとし、今後さらに販売台数を上積みしていくには、いま一度、クルマづくりをゼロから見直し、基本設計の改革から取り組むことが求められる。TNGAは、まさにその切り札である。

 トヨタは、フォルクスワーゲンとどう闘っていくのか。モジュール化をめぐり、自動車戦争はいよいよ佳境を迎えたといえる。
(文=片山修/経済ジャーナリスト・経営評論家)

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

愛知県名古屋市生まれ。2001年~2011年までの10年間、学習院女子大学客員教授を務める。企業経営論の日本の第一人者。主要月刊誌『中央公論』『文藝春秋』『Voice』『潮』などのほか、『週刊エコノミスト』『SAPIO』『THE21』など多数の雑誌に論文を執筆。経済、経営、政治など幅広いテーマを手掛ける。『ソニーの法則』(小学館文庫)20万部、『トヨタの方式』(同)は8万部のベストセラー。著書は60冊を超える。中国語、韓国語への翻訳書多数。

トヨタ、生産方式をゼロから大改革「TNGA」の衝撃 二律背反の目標狙うのページです。ビジネスジャーナルは、自動車、, , , , , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!