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雑誌不況、地獄の季節へ ビジネス誌部数激減、「スクープ」から「身の回り」の時代に

文=長田貴仁/神戸大学経済経営研究所リサーチフェロー、岡山商科大学教授
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●薄れるスクープ報道の存在意義

 そもそも編集者という職業は、文芸畑を中心に形成された経緯がある。そのため、編集者は偉い小説家の先生に書いていただくのが仕事で、それをバックアップするために黒子に徹することが美しいとする価値観を持つ。「プレジデント」も創刊当時から数年、スタッフライター制を敷いていたが、編集者雑誌に変貌してから編集部は黒子に徹している。「プレジデントのやり方では人が育たない」と指摘するスタッフライター制の媒体関係者は少なくない。たしかに、そういう面は否定できないが、紙版部数という点から見れば、世の中の風は、「プレジデント」に有利なほうに吹いている。

 インターネット・メディアの普及により、速報性は新聞にさえ求められない時代。雑誌は言わずもがなである。したがって、多くの記者とその人件費を投入し、あるテーマを追い、締め切りに間に合うかどうかと慌てながらスクープを週刊誌が掲載したところで、人々はあっという間にネット情報で知り、雑誌を買う必要性を感じなくなる。必要性を感じるとすれば、「プレジデント」が毎回、特集で打ち出している保存版的企画である。これは新書を求めるニーズに等しい。それとて、ネットを探せば該当する情報は溢れている。しかし、いまだに多くの人が、有名ビジネス誌が掲載している情報にネットよりも高い信頼性を感じている。加えて、大量のネット情報をわざわざ時間をかけてプリントアウトするぐらいなら、雑誌を一冊買って保存し、家族で読み回そう、といった人が購買層になっているようだ。

●生活臭のする身近な企画が増える理由

 このような背景では、情報の新鮮度よりも、企画とデザインや図解などの見栄えに時間をかけられる媒体のほうが有利になる。取材し記事を執筆する過酷な知的労働をアウトソーシングすることにより、机上で考える時間が増える。そして、社内スタッフの情報力や知的水準がばれることもない。悪く言えば、他人の褌を使って相撲をとることができるのである。筆者も編集者としてよちよち歩きし始めた頃、先輩編集者から「そもそも編集者は女々しい仕事なんだ」と釘を刺された。今思い返せば「女々しい」という表現には問題があるものの、「ジャーナリズムの主役として、自ら署名入りで堂々と論を張れるような仕事ではない」と言いたかったのだろう。

 さらに、「編集者雑誌」は固定費率が高い出版社の経営にとって好都合な事業システムである。安くない人件費の社内記者を多く抱える必要もないからだ。だから、経済・経営モノを扱う媒体以外は、ほとんどが「編集者雑誌」のスタイルをとっているのであろう。

 書店売りではなく直売が中心である「日経ビジネス」は、相変わらず記者色を色濃く打ち出したオーソドックスなビジネス記事で構成されている。一方、「東洋経済」や「ダイヤモンド」も、老舗ビジネス誌ののれん、レゾンデートル(存在意義)を守るために、頑固なまでに同様の内容に力を入れ続けている。「ビジネス・ジャーナリズムを捨てるぐらいなら、死んだほうがいい」と豪語する記者も少なくない。しかし、本当に死んでしまっては困るので、より広い読者層と現代的ニーズに対応するため、近年、「プレジデント」と同じような生活臭のする身近な企画が増えてきた。

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