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西川淳「ボンジョルノ!クルマ」(1月21日)

トヨタ、特許無償提供でみせた限界と危機感 アップルら異業種参入の排除狙いか

文=西川淳/ジュネコ代表取締役、自動車評論家
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トヨタ、特許無償提供でみせた限界と危機感 アップルら異業種参入の排除狙いかの画像1トヨタ自動車「ミライ」
 1月5日、トヨタ自動車が取得した燃料電池車(FCV)関連の5680余件に上る特許を、2020年まで公開・無償提供すると発表した。その内訳は、FCVの中核技術である燃料スタック関連が約1970件、水素を保持する高圧タンク関連が約290件、そして車両活用において最も難しいとされるシステム制御関連が約3350件と、FCV製造にとって虎の子というべき技術である。

 ちなみに、燃料の水素を供給する水素ステーション関連の約70件の特許には、20年という期限がない。このあたりに、インフラを早く充実させたいというトヨタの強い願望が表れているといっていい。

 トヨタが最先端技術をオープンにするのは、今回が実に初めてのことだ。燃費性能で独走状態にあるトヨタのハイブリッドシステム関連の技術などは、他社がハイブリッドに手をつければ何かしらトヨタの特許に触れてしまうといわれるほど、かたくなに守られてきた。ではなぜ、FCVに限って特許のオープン化がなされたのか。

 ひとつには、FCVは関連する技術開発からインフラに至るまで、従来のクルマとはまったく違うプレーヤーを多数必要としていることが挙げられる。ハイブリッド技術はモーターとバッテリーを積んでいるとはいえ、あくまでも従来型の「化石燃料車の生産」という枠を出ないもので、乱暴にいってしまえば燃費性能を上げるひとつの有効な手段でしかない。それに対してFCVは、燃料から何からすべてが違う。同じなのは“クルマであること”だけなのだ。

 インフラまで含んだ自動車の進化、そして目指すは水素社会への大転換。当然、世界的な巨大企業であるトヨタをもってしても、1社の力だけでは限界がある。いくら日本政府が官民一体となって力を入れるといっても、例えば電気自動車(EV)がそうであったように、ネガティブイメージが先行してしまえば広まるものも広まらない。

 特にFCVの場合、家庭での給電が可能なEVとは違って、ガソリンスタンドに代わる供給インフラの整備が問題視されることは間違いない。であればこそ、今のうちに普及を促すイメージ戦略=特許のオープン化により、トヨタのFCVに懸ける本気度をアピールしつつ、世の中の雰囲気を水素社会実現の方向へ導こうという大胆な方針を打ち出したというわけだろう。

 もっとも、特許の無料開放というと、昨年半ばに米テスラモーターズが自らのEV関連技術をオープン化したことの“二番煎じ”という見方もできる。FCV関連の特許開放に関してトヨタの豊田章男社長が、「地球人としてこの先の50年を見据える」と発言したようだが、これはまさにテスラを率いるイーロン・マスク的なビジネスの発想点といっていいだろう。

●「EV対FCV」という対立構造の不毛さ

 EVとFCVをめぐっては、1970年代に起こった「VHS対ベータ」の「ビデオ戦争」がしばしば引き合いに出され、「EV対FCV」という対立構造に発展したと報じられることも多い。しかし、EVとFCVは決して相反するものではなく、互いのデメリットを長所で補完し合える共存可能なソリューションであるという点で、専門家の意見は一致している。

 例えば、EVの問題点は航続距離と給電時間だが、毎日の通勤や経路の決まった宅配系ビジネスなどにおいては、さほど問題にならない。1日100kmも走ってくれれば、ほとんどの用途はカバーできるものだし、それなら自宅や会社で夜間のうちに充電すれば済むレベルだからだ。要するに、EVは制限された区域内での使用に特化した、さらにスマートなモビリティとして発展する余地が大いにある。

 一方で、FCVには水素ステーションの整備や、そもそも水素をどのように確保していくのかについて、まだ議論や研究開発の余地を残すものの、航続距離や燃料補給の時間といったEVの欠点をカバーしており、現代における長距離輸送の代替システムとして非常に有力である。

 そもそもFCVは、水素と酸素が化学反応を起こす際に発生する電気を使ってモーターを回すという点ではEVの一種である。一方のEVに関しても、トヨタのような巨大企業にしてみれば、FCVが普及しない場合はEVで勝負できる状態を整えておくという狙いもあるだろう。

 ちなみに、テスラ「モデルS」の航続距離は優に400キロを超えている。そう考えると、FCVとの対立構造もあながち的外れではなくなってくるし、テスラによる特許オープン化によって、比較的構造が簡単で参入障壁の低いEVマーケットがこれ以上活性化してもらうのは困るという、従来型自動車産業の危機感が透けて見えたという見方もできる。

●FCVに注力する理由

 では、なぜトヨタはそこまでして、EVではなくFCVに力を入れるのだろうか。

 もちろん、自動車に限らず、水素社会の実現には地球環境を守るという点で大きな可能性がある。大義があるといっていい。現時点では化石燃料の改質による水素製造には二酸化炭素(CO2)削減という大命題に反するという弱点を抱えてはいるものの、将来的にCO2の再利用といった技術が進めば、化石燃料やソーダの精製製造工程における副生ガスとしての水素活用にも弾みがつくだろう。

 その一方で、自動車をつくり続け、その巨大な産業構造を維持していくことが大命題の自動車メーカーにとって、比較的構造が簡単でテレマティクスや自律運転との相性もいいEVに積極的に取り組むことは、例えばグーグルやアップルといった異業種からの参入を招きやすいという点で、諸刃の剣にもなりうる。

 それよりも、部品点数も多くビジネスの視点で参入可能なインフラが期待でき、プレーヤーの数がEVに比べて圧倒的に多いFCVに注力するほうが、産業界の盟主であり続けられる可能性が高いし、産業規模を大きく維持できることは間違いない。ちなみにインフラ拡充に期待が持てる理由としては、水素ステーションビジネスに石油精製・元売り各社が積極的に関与していることが挙げられる。

 現時点で他の自動車メーカーは、トヨタのFCV関連技術の特許公開に関し一様に歓迎と驚きを表明しつつも、積極的に取り組むかどうかはわからない。これまでFCVに取り組めなかった中小メーカーやサプライヤーの研究開発の起点にはなりうるが、ホンダ・GM連合のように、ある程度FCV実現のメドを立てたメーカーにとっては、トヨタの技術活用がどこまで有効なのかは判断の難しいところだろう。もちろん、多くのメーカーがトヨタの技術を使いだせば、部品コストも下がるだろうし、トヨタ方式で次世代FCVのスタンダードを確保することも可能だ。いずれにせよ、特許オープン化のインパクトは計り知れない。

●すでにトヨタのオープン化戦略は「当たった」

 トヨタは昨年12月、世界初セダン型量産FCVとなる「ミライ」を発売したが、率直にいえばユーザーにとってミライを購入・利用する上でダイレクトなメリットはほとんどない。高価で水素ステーションは身近になく、カタチは不格好で床はフラットにならないし、CO2排出量という観点でも水素製造工程まで考慮すればHVの「プリウス」とさほど変わらない。それゆえ生産台数も少ないわけで、市販するとはいうものの、個人ユーザーをまともに相手にしているとは思えない。

 だからといって、数少ない次世代パワーソースのひとつであるFCVを進化させないという手もない。コンセプトカーや先行開発ではなく、量産を視野に入れた市販モデルをたとえ少量であってもつくり続けることで、クルマというものは進化する。FCVが真にユーザーメリットのある乗り物へと進化していけば、インフラや水素の問題などはすぐに解決されるだろう。

 すでにテレビをはじめとする多くのメディアが、トヨタの特許開放について「大英断」「トヨタは本気だ」と報じているが、この時点でトヨタのオープン化戦略は当たった、といえるのではないか。
(文=西川淳/ジュネコ代表取締役、自動車評論家)

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