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「しんどかった…」あやまんJAPAN激白、ブレイク中の葛藤と、その後のひきこもり生活

構成=中野龍/フリーランスライター
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――その後、テレビで見かけない日はないほどブレイクしました。今だから言える、当時の生活は?

あやまん監督 私たちは何年も下積みしたタレントさんや芸人さんのようにテレビを目指していたわけではなく、ただ毎晩六本木で飲んでいたら、こうなっちゃったみたいな感じなので、いきなりガラッと生活が変わったんですよね。よくテレビとかで聞く「ピンク・レディーの全盛期」みたいな生活を、一瞬ですけどさせていただきました。まあ忙しかったですね。初めてテレビに出た時は、「この間テレビに出ていたよね」くらいだったのですが、2回目に出させていただいてからは、着ボイスを出したり、CDを出したりと一気に。10年の春から翌年までくらいですかね。テレビを見てくださった方からしたらタレントだったんでしょうけど、内心では複雑でした。自分たちでタレントというのもおこがましい気がしていて、でも人前でやっているからには、そういう自覚も必要ですし。

 とにかく忙しくて、マネージャーさんに栄養ドリンクの「アリナミン」を毎日買ってきてもらい、そういうのにひたすら頼っていました。メンバーのファンタジスタさくらだは、過労が原因で激太りして、私は逆に激ヤセしましたね。昔は、試合は自分たち発信で勝手にやっていたことなんですけど、テレビで求められるようになって、しんどくてもやらなければいけなかったので……。ひな壇とかに座って、話を振られて、しゃべるということは六本木ではやっていなかったので、うまくできない葛藤もあったし、私たちがそれをやることに複雑な気持ちがありました。

 でも、テレビに出たくても出られない人など山ほどいるので、お仕事をもらえたのはうれしいことでしたし、振り返ると結果的には楽しかったです。あれがあったからこそ、今もこうしてなんとなく生きているので(笑)。もともと、手に職があったわけでもなく、楽観的に将来のことよりも今を楽しもうと生きてきたので、今も何だかんだでやりたいことができているのは幸せです。

●すごかった「ぽいぽい」印税

――あれだけテレビに出ていると、収入はすごかったのでは?

あやまん監督 私たちがテレビに出たのは一時ですし、最初は新人だとギャラが安いんですよ。忙しさと比例して収入が増えるわけではなかったのですが、一つだけ言えるとしたら「ぽいぽい」印税ですかね。お金が入ってきたなと実感できたのは、それくらいです。

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17:30更新
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