NEW
超絶王者Kelly SIMONZ ロングインタビュー前編

孤高のギターリストKelly SIMONZが“超絶”に語る日本の音楽ビジネスと欧米との違い

【この記事のキーワード】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

――早速なのですが、1999年に『SILENT SCREAM』でメジャーデビューし、2014年の『BLIND FAITH』をキングレコードからリリースするまでの15年間、活動のほとんどをインディーズに移されていました。一般的に考えればメジャーで活躍されていたほうが良い気がするのですが、何か理由はあったのでしょうか。

K:ビジネスの問題が大きいですね。メジャーからリリースした途端に収入が激減してしまったからですよ。

――それは印税が少なかったということでしょうか。

K:そうです。僕はメジャーからリリースする前に、自主制作盤で『Sign Of The Times』というアルバムをリリースしていました。このアルバムは自分自身でインターネットを使った簡単なプロモーションしか行わなかったにも関わらず、発売から1年で10000枚くらい売れたんです。そのときに得た収入と比べると激減したと言わざるをえない状況でした。

自主制作盤としてリリースした『Sign Of The Times』
自主制作盤としてリリースした『Sign Of The Times』。全てはここから始まった。

――『Sign Of The Times』は発売当時、かなり話題になりましたよね。誰もその当時、無名の新人ギターリストの自主制作アルバムなんて思わなかったと思います。

K:いまでもあのアルバムをきっかけに僕を知ってくれたと言う人が多いんですよ。自主制作盤にも関わらず、当時のディスクユニオン売上ランキングで、メタリカ、メガデスに次いでKelly SIMONZ という珍事まで起きたくらいですからね(笑)。

――その自主制作盤『Sign Of The Times』が売れたこともあって、ロードランナーレコードより『SILENT SCREAM』でメジャーデビューを飾ることができたのですが、実際メジャーになって収入はどのくらい減ってしまったんでしょうか。

K:10分の1くらいにまで落ちました。自主制作盤は売り上げの70%は自分で確保できるんですが、メジャーからのリリースとなるとそういうわけには全くいかなくなります。

――10分の1……。そんなに落ちてしまうものなんですね。枚数はどの程度売れたのでしょうか。

K:20000枚は売れていたはずです。前作の2倍売れたのにも関わらず、印税という方式になった途端、収入が半分以下。正直やっていけないと思うと同時にプロの厳しさを知りました。

■音楽業界にも垣間見られる島国“日本”の独特な気質

――どこかのプロダクションか何かに所属するという選択はなかったのですか?

K:そういう選択肢もあったと思うんですが、その当時は色々とあって、上手くいきませんでした。

 というのもHR/HM界に自主制作盤を引っ提げて参入したものの、僕が異端児すぎたのか、ものすごく売れた反面、妙な誤解と先入観を業界とリスナーからなぜか持たれてしまい、誹謗中傷がすごかったんです。あの当時、2000年前の頃ってネット上でのマナーとかルールなんて意識がなくて、ほとんど無法地帯だったじゃないですか。当時の2chでは、あることないこと散々言われました。

 はっきり言って、応援してくれるファンができた以上に、周りは敵だらけのような状態にも陥っていました。もちろん家族をはじめ、味方してくれる人も大勢いてくれたんですが、メジャーデビューしてからも業界の人からはっきりと「周囲から嫌われていますよ」と言われたくらいです(苦笑)。

孤高のギターリストKelly SIMONZが“超絶”に語る日本の音楽ビジネスと欧米との違いのページです。ビジネスジャーナルは、エンタメ、音楽の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!

Ranking
  • エンタメ
  • ビジネス
  • 総合
BJ おすすめ記事