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呪われた目黒雅叙園、森トラストが買収直後に売却の怪 みずほ銀の債権飛ばしの受け皿か

文=編集部
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●波乱の歴史

 目黒雅叙園は細川力蔵氏が1931年、本格的な北京料理や日本料理を提供する料亭として開業し、国内初の総合結婚式場でもあった。力蔵氏が亡くなった後は、同族による経営が行われていたが、一族間で内紛が発生。運営会社の雅秀エンタープライズが02年8月、東京地裁に民事再生手続きの適用を申請して破綻。負債総額は883億円に上った。

 最大の債権者である米投資ファンド、ローンスターが買収し、結婚式場の運営権は結婚式場大手ワタベウェデングに譲渡。ローンスターは土地建物を保有し、11年4月にアルコタワーアネックス、ヴィラ ディ グラツィア、アルコスクエアを新築した。

 アルコタワーアネックスの底地の一部に、80年代後半のバブルの時代にマネーゲームの対象となった旧雅叙園観光の跡地が含まれている。この物件が、借地権をめぐって争われているのだ。

 目黒雅叙園の敷地の一角に、雅叙園観光というホテルがあった。興行師の松尾國三氏が経営しており、日本ドリーム観光の姉妹会社であった。松尾氏の没後は、未亡人と経営陣による経営権争奪戦が勃発し、雅叙園観光と日本ドリーム観光は分離された。雅叙園観光は、戦後最大の経済事件といわれたイトマン事件の主役である伊藤寿永光氏や許永中氏らバブルの怪人の仕手戦の対象になり、乗っ取られた。

 彼らのお目当ては雅叙園観光の敷地にあった。しかし、雅叙園観光は土地を持っていない。敷地の3分の2は国有地、3分の1は目黒雅叙園の細川一族の所有で、すべてが借地だった。国有地なのは、細川一族が相続税分を大蔵省に物納したからだ。伊藤氏らは再開発して一儲けすることを計画。知り合いの政治家を使って払い下げを工作したが、実現しなかった。借地権をめぐって係争中の、地主の細川一族と和解することもできなかった。結局、イトマン事件に巻き込まれて雅叙園観光は97年に倒産。ホテルは解体された。雅叙園観光ホテルの跡地は細川一族に戻った。

●森トラスト、債権飛ばしの受け皿か

 リーマン・ショック前の07年は、都心の不動産ミニバブルに沸いた年であった。ローンスターは、旧雅叙園観光の跡地にオフィス棟を新たに建設して、合わせて1800億円の高値で売却する計画を立てた。細川一族から借地して、11年4月にアルコタワーアネックス、ヴィラ ディ グラツィア、アルコスクエアが完成した。だが、リーマン・ショックで不動産価格は暴落し、もくろみは狂った。ローンスターは銀行からの融資の返済に困っていた。借地権問題が発生したのは、そんな時期だった。

 経済ジャーナリスト町田徹氏は、12年11月20日付「現代ビジネス」記事『90年代の不良債権問題の再来か!? バブル紳士の夢の跡・目黒雅叙園を舞台にしたみずほ銀行の「問題事案」』で、借地権問題の発端について次のように書いている。

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