NEW
連載
江川紹子の「事件ウオッチ」第31回

非難轟々の【元少年Aの手記『絶歌』】で軽視される「言論の自由」と出版の意義

文=江川紹子/ジャーナリスト
【この記事のキーワード】

, ,

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 先の「週刊文春」によれば、Aは執筆している間の生活費を出版社から借りているらしい。また、これだけの騒ぎになれば、しばらくアルバイトをすることも難しいだろう。それを考えると、全額召し上げろというのは酷に過ぎるような気がする。生活すらままらない状況に追い込めば、社会に対する恨みや疎外感を募らせるだけはないか。罪を犯し、裁判所が定めた矯正措置を終えた者を社会が受け入れなければ、受け入れてくれる所は刑務所しかなくなる。

 冒頭に書いたように、ひとたび出版された本に対する評価は自由である。この本に対するどんな酷評もあってよい。ただ、本の出版の意味がまったくないかのような論評は、言い過ぎのような気がしている。

 彼の更生のために、少年院を仮退院してからも、多くの人が彼に関わったことを、私はこの本で初めて知った。里親となって彼を受け入れた夫婦もいる。そうした人たちとの関わりの中で、彼が少しずつ「命」を実感していった経緯が見て取れて、犯罪者の更生という点でいろいろ考えさせられるところがあった。

 Aが起こした事件が与えた影響は大きい。「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いが若い人から発せられたり、殺人を犯した者が「誰でもいいから人を殺してみたかった」と供述する事件がいくつも起きている。Aは一部の人たちに「神」扱いされ、名古屋で女性を惨殺した女子大生なども、「Aを尊敬している」と伝えられている。

 そのAも、この本を読む限り、罪の大きさにおののく「ただの人間」だ。「なぜ人を殺してはいけないのか」の問いに、彼なりの答えも出している。この本が、彼への歪んだ「尊敬」や「憧れ」が色あせるきっかけになればと願う。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

●江川紹子(えがわ・しょうこ)
東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。元厚労省局長・村木厚子さんの『私は負けない「郵便不正事件」はこうして作られた』では取材・構成を担当。クラシック音楽への造詣も深い。江川紹子ジャーナル www.egawashoko.com、twitter:amneris84、Facebook:shokoeg

関連記事