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大西宏「コア・コンセプトのビジネス学」

話題のアップル「音楽聴き放題」は失敗する?類似サービス乱立、高い有料会員のハードル

文=大西宏/ビジネスラボ代表取締役
話題のアップル「音楽聴き放題」は失敗する?類似サービス乱立、高い有料会員のハードルの画像1Apple Music「アップル 公式サイト」より

 アップルの影響力が大きいのは、言うまでもないことです。その一挙手一投足に注目が集まり、話題となります。それが、アップルのブランド力なのでしょう。

 先発のスマートウォッチがアーリーアダプター(流行に敏感で、新しい商品やサービスを早期に受け入れる利用者層)にしか売れず、足踏みしていたところに「Apple Watch」が発売され、メディアの注目も集まり、話題になりました。

 スマートウォッチの2014年の出荷台数はトータルで360万台ですが、Apple Watchは発売からわずか2カ月で279万台が売れています。やはり、アップルがスマートウォッチ市場を広げる役割を果たしているといえそうです。

 そのアップルが、定額音楽配信サービス「アップルミュージック」を「革命的な音楽サービス」という触れ込みで、6月30日からスタートさせることを発表しました。

 そして、その発表と時を同じくして、というよりApple Musicの先手を打つことで関係各社の思惑が一致し、エイベックス・デジタルとサイバーエージェントが提供する定額音楽配信サービス「AWA」、エイベックス・デジタル、ソニー・ミュージックエンタテインメント、LINEの3社共同出資の「LINE MUSIC」がスタートしました。

 それにより、さらに定額音楽配信サービスに注目が集まっています。世界で7500万人のユーザーを抱える「スポティファイ」の日本でのスタートも秒読みといわれています。いよいよ、日本も音楽ストリーミングによる「聴き放題」の時代に突入するのでしょうか。

「AWA」がサービス開始2週間で、「LINE MUSIC」はわずか2日間でいずれも100万ダウンロードを突破しています。ある程度、ユーザーが重複しているとしても、その関心度の高さをうかがわせます。

 こういった新しい動きが注目されたために、まるで日本には定額音楽配信サービスがなかったかのような錯覚に陥りそうですが、楽曲のダウンロード販売が09年をピークに縮小してきている中、定額音楽配信サービス自体は近年急成長しています。

 日本の音楽産業はいまだにCDが根強く、楽曲販売の85%を占める特殊な市場です。また、海外では伸びてきた楽曲のダウンロード販売が、09年をピークに縮小していることも特異です。世界市場では昨年、CDの販売金額をダウンロードと定額音楽配信を合わせたデジタル音楽の販売金額が追い越し、市場規模の逆転が起こっています。

日本でCDが根強い理由

 日本レコード協会のデータによると、14年の定額音楽配信サービスの売上高は78.5億円です。ダウンロードを含めたデジタル音楽配信ビジネスの18%程度とまだ小さいとはいえ、12年11.1億円、13年30.6億円と伸びてきています。

 しかも、NTTドコモの定額音楽配信サービス「dヒッツ」は、同社の決算資料によると15年3月末の契約数で500円コースが202万件、300円コースが102万件となっています。単純計算で、月間13.2億円の売り上げ規模になり、年間換算するとdヒッツだけで160億円近くになります。

 基本的にはインターネットラジオの「dヒッツ」は、プログラムの種類が1000と豊富で聴き放題なこと、また、500円コースであれば毎月10曲をmyヒッツとして保存し、iTunesの音楽とミックスして再生できること、再生中の音楽の歌詞を見られること、などが売りです。ドコモの契約者以外でも利用は可能ですが、やはり中心はドコモユーザーでしょう。

 日本の音楽でCDが根強い要因として、おそらく、海外ではほとんど消滅したCDレンタルサービスの存在が大きいと思います。CDを借りてコピーし、パソコンやスマートフォンで聴くスタイルが定着しているからではないでしょうか。そして、気に入ったアーティストの新曲などを、CDで購入するのです。

 さて、定額音楽配信サービスは、ユーザーの視聴スタイルを、CDによる「楽曲の購入」、あるいは「ダウンロードで購入」や「CDを借りてコピー」から、一挙に「聴き放題」に塗り替えてしまうほどの破壊力を持っているのでしょうか。そして、定額音楽配信サービスが伸びるとして、いったいどこがその勝者になるのでしょうか。

 メディアの論調では、日本の定額音楽配信サービスが黒船・Apple Musicをどう迎え撃つのか、または迎え撃てるのか、という議論が目立ちます。Apple Musicは、すでにサービスをスタートさせている日本の定額音楽配信に食い込むだけの魅力を持っているのか、という視点も当然あるでしょう。

 アップルは、電子書籍ではアマゾン・ドット・コムの後塵を拝していますし、動画サービスも、カテゴリは少し違いますが「Netflix」や「Hulu」ほどの成功は収めていません。アップルだから成功する、とは限らないのです。

「聴く」から「ライブ」へ、音楽産業の構造変化

 音楽をパソコンやiPodなどのデジタルオーディオ機器、またその流れを汲むスマホで聴くようになり、音楽市場は大きく変化しています。「聴く」から「体験するライブ」への、ドラスティックな市場のシフトです。

 よく「音楽産業は衰退産業だ」と言われますが、それは「聴く音楽」のCD販売やダウンロード販売に限ったことで、実は「体験する音楽」としてのコンサート売り上げは顕著に伸びてきています。

 CDやテープなどの音楽パッケージの年間販売額は、00年代に入って縮小の一途をたどっています。それでも、05年には4000億円を超えていましたが、14年は2500億円にまで縮小してしまいました。楽曲のデジタル販売も携帯電話からスマホに移行するにつれて縮小し始め、ピーク時には900億円を超えていた販売額が400億円台に減っています。

話題のアップル「音楽聴き放題」は失敗する?類似サービス乱立、高い有料会員のハードルの画像2レコード協会とコンサートプロモーターズ協会データより作成

 それとは対照的に、コンサートプロモーターズ協会の統計では、コンサートの売り上げは05年に1050 億円程度だったのが、14年にはおよそ2750億円と2.6倍の規模に成長し、CD販売額を逆転しています。

 何が、そうさせたのでしょうか。アップルが、iPodとiTunesで音楽を楽しむ環境を変えてしまったからです。買ったCDも借りたCDもコピーされ、膨大な曲がパソコンに保存され、またそれがiPodやスマホにコピーされ、いつでも、どこでも、好きな音楽を聴けるようになりました。

 もはや、聴ききれないほどの音楽を持ち、しかも持ち運べるようになったのです。音楽を聴くことが、まるで呼吸することのように自然となり、特別な価値を持たなくなりました。

「聴く音楽」がコモディティ化したことで、好きなアーティスト、また同じ嗜好を持ったファンと場や感動を共有するコンサートなど「体験する音楽」に、人々のニーズが移ってきたのでしょう。

「聴く音楽」のコモディティ化とカタログ化

 音楽のデジタル化は、新しい曲や気に入った曲を探すことを容易にし、音楽のカタログ化の流れも生み出しました。そして、それ以上の特別な価値を求めるユーザーは、「聴く音楽」ではなく「体験する音楽」としてコンサートに足を運ぶのです。

 そういった音楽ライフの変化を考えると、動画共有サイト「YouTube」に代表される無料の音楽ストリーミングや、定額音楽配信サービスへのニーズは高く、あとは曲のレパートリーや使い勝手、値ごろ感のいいサービスが選ばれるようになってくるのでしょう。

 今のところ、日本の定額音楽配信サービスの料金は、各社500円や1000円といったところですが、スポティファイも有料会員はようやく2000万人に達したといわれています。

 スポティファイは、14年の売上高が前年比で45%増の10億800万ユーロ(約1500億円)と元気印ですが、赤字が拡大し、1億6200万ユーロ(約225億円)の純損失を計上しています。

 音楽配信サービスは、利益が出にくいビジネスなのかもしれません。そういう意味では、もしApple Musicが日本でも月額9.99ドル(約1200円)で展開するとなると、よほど差別化や付加価値が伴わないと、かなり厳しいのではないでしょうか。

 アップルが音楽ダウンロードで2年連続売上高を落としたのも、無料、あるいは有料でも価格の安いスポティファイなどの定額音楽配信サービスに「音楽を聴く時間」を奪われてしまったからです。アメリカのダウンロードされた楽曲数とスポティファイのアクティブユーザー数の推移を見れば、競合していることがわかります。ユーザーは無料か、より価格の安いサービスに流れる可能性が高いのです。
(文=大西宏/ビジネスラボ代表取締役)

大西宏/ビジネスラボ代表取締役

大西宏/ビジネスラボ代表取締役

ビジネスラボ代表取締役。自称「マーケティングの棟梁」

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