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東京五輪、重大な“障害”浮上 たばこ規制強化を妨げるJTと財務省の“不可侵領域”

文=小川裕夫/フリーランスライター
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東京五輪、重大な“障害”浮上 たばこ規制強化を妨げるJTと財務省の“不可侵領域”の画像1「Thinkstock」より

 現在、建設予算2500億円と見積もられた新国立競技場の設計・建設費用をめぐる問題で、文部科学省と東京都、日本オリンピック委員会(JOC)、日本スポーツ振興センター(JSC)が揉めている。今後も二転三転する可能性が高く、長引けば2020年の東京五輪・パラリンピックにも大きな影響が出ると懸念されている。

 しかし、東京五輪をめぐる問題は新国立競技場ばかりではない。日本にはクリアしなければならない高いハードルがいくつもあり、そのひとつとして指摘されているのが受動喫煙問題だ。

 オリンピックの全権を司る国際オリンピック委員会(IOC)は、たばこに対して一貫して厳しい姿勢で対峙してきた。1988年以降は開催都市にたばこ規制を促し、五輪競技会場は全面禁煙化が打ち出されている。また、たばこメーカーをはじめとする関連産業のスポンサー契約もかたくなに拒否しており、10年には世界保健機関(WHO)とIOCが協力してたばこ撲滅に立ち向かうことでも合意している。中国はたばこ大国といわれるが、08年に開催された北京五輪でも開催直前に北京市で喫煙管理条例が施行されている。

 日本では、02年に受動喫煙防止が盛り込まれた健康増進法が制定されたが、これだけでは甘いと指摘するのが、松沢成文参議院議員だ。神奈川県知事時代に受動喫煙防止条例を制定するなど、松沢氏はたばこ規制を徹底的に進めた。

「健康増進法には罰則がないので、効果はほとんど上がっていません。しかし、社会の流れを受けて東京都内の飲食店は喫煙席と禁煙席といったかたちで分煙が当たり前になってきました。これらは厳密にいうと『席分煙』と呼ばれるもので、受動喫煙防止の効果は薄い。その理由としては、禁煙席に座っても煙が流れてくることや、従業員が接客のときに受動喫煙してしまうからです。ファストフード店やファミリーレストランなどでは未成年者が働いていることも珍しくなく、そうした未成年者をたばこから守ることも大事です」(松沢氏)

 松沢氏は『JT、財務省、たばこ利権』(ワニブックス)という著書を出すほどのたばこ規制論者として知られるが、たばこ規制を主張する議員は決して多くない。その理由は、日本特有のたばこ利権構造にあると松沢氏は指摘する。

長い産業化の歴史

 たばこの歴史をひもとくと、日本でたばこが産業化されたのは戦国時代で、税金が課せられるようになるのは明治9(1876)年からだ。明治31(1898)年に葉煙草専売法が施行され、明治39(1906)年には製造から販売まで大蔵省の管理下に置かれた。そこから、たばこに関する税金は大蔵省の利権と化した。戦後、大蔵省専売局が公社化されてもこの構造は変わらず、昭和60(1985)年に民営化されてJTになっても利権は引き継がれた。

 JT株の大半は、いまだに財務省が保有しているため、JTは財務省の意向に逆らうことはできない。財務省という後ろ盾もあって、政治家にとってもJTは不可侵の聖域となっている。さらに与党・自民党にとってもたばこ農家は強力な支援団体のため、簡単にはたばこ規制に乗り出せない。

 税収面でのたばこの貢献も見逃せない。たばこは地方税収分だけでも年間約1兆2000億円もの巨額な財源になっている。市町村で金額は異なるが、税収が最も大きい大阪市で約291億円、2位の横浜市で約220億円、3位の名古屋市で約174億円となっている。

 IOCやWHOの提唱する受動喫煙防止条例を推進すれば、公共スペースをはじめ飲食店で喫煙することはできなくなり、公園や駅前広場など屋外での喫煙も厳しく制限される。必然的にたばこの消費量は減り、たばこによる税収も減少するだろう。税収に影響が及べば、行政が立ち行かなくなる可能性が出てくる。

 さらに、たばこ税は取りやすい税金で安定財源でもある。人口減少などで税収が落ち込む市町村にしてみれば、それを手放すことは難しく、わざわざ財務省を敵に回したくないという思惑もある。これが、たばこ規制を消極的にしている理由だ。なかには、東京都千代田区のように条例で路上喫煙を規制する自治体もある。千代田区の生活環境条例(通称:路上喫煙禁止条例)は2002年に制定されたが、この条例によって路上喫煙者は激減した。

 それでも五輪開催の決まった東京のたばこ規制は一向に強まらない。五輪誘致の立役者だった猪瀬直樹都知事(当時)は愛煙家だったこともあり、受動喫煙防止対策に消極的だったともいわれる。

 その後、14年に新たに就任した舛添要一都知事は厚生労働大臣を務めた経歴から、東京のたばこ規制には理解があり、就任後には規制強化を打ち出した。それでも「最近はトーンダウンしている」(松沢氏)という。舛添知事にしてみれば、国立競技場問題が紛糾しているときに、厄介な問題を増やしたくないとの思いがあるのかもしれない。

 だが、そうした事情は国際社会に通じない。IOCやWHOの決めたガイドラインを順守しなければ、東京五輪開催への影響は避けられず、早急なたばこ対策が求められる。

払拭されない「国営色」

 たばこ規制の機運が強まれば、JTや財務省の抵抗が予想される。1985年に専売公社が民営化されるかたちで誕生したJTは、政官財に大きなネットワークを張り巡らせている企業であり、これまでも何度もたばこ規制の危機を乗り越えてきた。

 そうした政治力を駆使する一方で、JTは独自に生き残り策を模索している。たばこ以外の事業にも手を伸ばし、多角化を図った。88年にはJT飲料を設立して飲料事業に、96年にはバーガーキングジャパンを設立して飲食事業にも進出したが、長い歳月をかけて進めた多角化は苦戦。このほどJTは飲料事業から撤退することを発表し、自販機事業はサントリーに売却することが決まった。バーガーキングジャパンは、2001年には全店舗の営業を終了している(その後、別法人によって営業開始)。

 こうした背景もあり、JTは国内市場が厳しくなる状況の中、海外に活路を求めて海外たばこメーカーのM&A(合併・買収)を繰り返した。92年の英マンチェスター・タバコ買収から始まり、99年には米RJRナビスコを買収して勢いを加速させた。JTは、この買収で「キャメル」「ウィンストン」といった今ではJTの主力商品になりつつあるブランドを獲得。さらに、世界3位のたばこメーカーへと躍進した。

 JTは誕生の経緯や長らく専売という国の手厚い保護を受けながら、巨大企業に成長してきた。民営化されたとはいえ、現在も株式の多くを政府が保有していることを踏まえれば「国営企業色」を完全に払拭しているとはいいがたい。

完全民営化の動き

 そんなJTだが、政府保有株式を売却して完全に民営化することも検討され始めた。完全民営化されればJT法は廃止になり、自由に資金調達ができるようになる。また、農家からの葉たばこ全量買い取り義務はなくなる可能性も高い。

「JTは態度を明らかにしていませんが、海外から葉たばこを安く輸入できるメリットがあるので、内心では完全民営化に賛成しています。しかし、そうなれば国内市場の製造から販売まで独占している利権も手放すことになる。外国メーカーと対等に戦うことになるので、同社は完全民営化を目指しながら、利権は手放さずに済む方策を模索しているようです。しかし、そんな虫のいい話は、さすがに世間も認めない。同社もそれを十分に理解しているので、態度を曖昧にして自民党などの顔色をうかがっているのです」(松沢氏)

 東京五輪を契機として、日本のたばこ規制、そしてJTをはじめとする業界全体に大きな変化が訪れるのか、岐路に立たされているといえよう。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)

小川裕夫/フリーライター

小川裕夫/フリーライター

行政誌編集者を経てフリーランスに。都市計画や鉄道などを専門分野として取材執筆。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『私鉄特急の謎』(イースト新書Q)、『封印された東京の謎』(彩図社)、『東京王』(ぶんか社)など。

Twitter:@ogawahiro

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