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任天堂の危機 天才・岩田社長死去で深刻な後継者不在 その繁栄と没落の軌跡

文=編集部
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 ところが山内氏は「彼は任天堂の社長に向かない」として、荒川氏を解任してしまった。任天堂の最大の謎とされる事件だ。先の語録に照らせば、荒川氏を後継者から外したのは「ハード体質」であったからだろうか。

世界的優良企業へ

 そこで山内氏が後継者として白羽の矢を立てたのが、岩田聡氏である。岩田氏は札幌南高校時代にゲームを数多く制作し「札幌の天才少年」と呼ばれた。「誰よりも面白いソフトをつくる」岩田氏の特異な才能を山内氏は高く評価した。

 02年5月、山内氏は岩田氏に社長の椅子を譲って第一線から半歩退いた。山内氏は前出インタビューで、岩田氏を後継者にした理由をこう語っている。

「僕が岩田を社長にしたのは、いや彼だけではない、任天堂には今6人の代表取締役がいるけど、それは結局、体質がハードでないはずや、という判断をしたから」

 当時、次世代ゲーム機として期待された「NINTENDO64」が不発に終わり、任天堂は深刻な事態に陥った。ソニーの「プレイステーション」に首位の座を明け渡し、大きく水をあけられた。マイクロソフトの「Xbox」にも抜かれ、屈辱の業界3位に転落した。

 岩田氏は巻き返しに出た。ソニーは、ハードが主でソフトが従の路線をとっていた。任天堂は真逆で、ソフトが主でハードは従とした。先端技術を駆使し多機能性を追求しただけでは楽しさや面白さに直結しないことを、山内氏の直弟子である岩田氏は体で知っていた。

 ハードの操作はあくまで簡単にして、楽しさに徹した。その第1弾が、04年12月に発売した携帯用ゲーム機「ニンテンドーDS」。第2弾が06年12月に発売した据え置き型ゲーム機「Wii」。いずれも世界的に大ヒットし、任天堂は世界に冠たる優良企業に成長した。

失速

 任天堂の09年3月期連結決算の売上高は1兆8386億円、当期利益が2790億円で過去最高を記録した。だが、10年9月中間決算は赤字に転落。任天堂の成長神話はひとまず終焉し、その後の長いトンネルに入る。

 15年3月期連結決算の売上高は前期比3.8%減の5497億円、純利益は418億円の黒字(前期は232億円の赤字)。最盛期の09年3月期と比較すると売上高は3割、純利益は1割5分の水準だ。

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