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三池純正「歴史はこんなに面白い!」

工事現場で、人間の頭蓋骨と巨大な“馬”を発掘!なんとあの大物戦国武将だった?

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 そして、頭蓋骨が埋葬されていた穴の底面には一面に貝、それも貝殻ではなく、当時はちゃんと身の入った貝が敷き詰められていたことがわかった。これについては、供物を兼ねたか、もしくは浄めの意味を込めたものであろうと推定された。

 さらには、その周辺からは織部焼と唐津焼の皿も発見され、これは副葬品と推定された。織部焼と唐津焼はともに当時としては大変高級な陶器であり、一般の人が簡単に手にできるようなものではないという。以上の状況から、この頭蓋骨の主はかなりの身分を持った人物であると推定された。

 頭蓋骨は親不知(おやしらず)の歯が全部生え揃っていることから、この人物は20~25歳くらいの若者で、しかもその歯はすり減ってはおらず、歯並びもよかった。そこから、この人物は小さい頃から歯の手入れを行える環境にあり、食も雑食ではなく美食であったものと思われた。また、骨がしっかりしていることから、栄養状態もよく、当時の一般庶民ではないことが考えられた。

 以上から、この頭蓋骨の人物は「20~25歳の育ちのよい若者」という結論に達した。

謎の大型馬


 しかし、出土したのは、頭蓋骨だけではなかった。石柱のそばの穴からは、一体の大きな骨格をもったの骨が見つかったのであった。この馬もわざわざ穴を掘り、しかも草を敷き詰めた上に丁寧に埋葬してあった。当時の戦においては、馬も重要な乗り物であるため、戦場跡からその骨が出てきたからといっても不自然ではない。

 ただ、首と馬がそれぞれ近くに埋葬されていたことは、この人物と馬との深い関係を暗示しているとも取れる。この馬は頭蓋骨の人物の愛馬で、それゆえ近くに葬られたのではないかとも考えられるのである。ちなみに、当時の馬というのはほとんどが蒙古系であり、秋田馬や三春馬などのようにポニーくらいの大きさしかなく、徳川2代将軍徳川秀忠が所有していた馬でさえも高さは160センチメートルに満たないものであったことがわかっている。

 しかし、出土した馬はその骨格から、まさに当時としては異例なほどの大型で、高さが170センチメートルはあるアラブ系の馬と推定された。当時、これだけ大きな馬は大変珍しかったはずで、そうであればなんらかの記録に残っている可能性は高いと考えられる。と同時に、この馬を愛馬としていたのなら、それに乗る人物もそれに見合う大きな体格をもっていたはずであろう。

 以上の事実から、この頭蓋骨の人物は「20~25歳の高貴な育ちの若者で、大きな体格を持ち、しかも当時としては珍しい大型の馬を所有し、それを乗りこなしていた」と推定された。

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