米国の落ちこぼれがつくった日本国憲法

日本国憲法を作成したのは、戦後日本を占領していた連合国軍総司令部(GHQ)ですが、彼らがデタラメにつくったということでしょうか。

倉山 彼らはニューディーラーと呼ばれ、米国政府では落ちこぼれでした。本国で相手にされないような人たちが日本国憲法をつくったのです。最高司令官だったダグラス・マッカーサーを筆頭に、本国に帰ってから出世した人は1人もいません。ちなみに日本は、総理大臣を経験した阿部信行を朝鮮総督府総監に就任させ、台湾総督府には桂太郎や明石元二郎を送り、満州帝国には東條英機と岸信介という、全省庁で最も優秀なエース級の人材を派遣しました。

 よく日本国憲法は「Made in USA」と評されますが、これは3分の1しか正しくありません。3分の1が「Made in USA」、3分の1が米国の落ちこぼれの手によるもので、残りの3分の1は「Made in USSR(旧ソビエト連邦)」です。GHQで日本国憲法の翻訳業務を担当したトーマス・アーサー・ビットソンは旧ソ連のスパイで、モスクワと交信しながら業務を進めていました。

–日本国憲法の正当性をめぐっては、1945年8月のポツダム宣言受諾で主権が天皇から国民に移り、国民主権の憲法が制定されたとする「八月革命説」が日本に浸透していると、本書では指摘されています。

倉山 東京大学教授だった宮澤俊義氏が唱えた説です。「東大法学部教授」というエスタブリッシュメントで、著名な憲法学者である美濃部達吉氏の後継者だったことから、幣原内閣で松本蒸治元商工大臣が助手として宮澤氏を使って憲法改正調査を行ったのです。ところが、土壇場になって宮澤氏は松本氏を切り捨ててGHQに媚びたのです。宮澤氏はGHQにつけば“憲法の神”になれると思ったのでしょう。

 しかし、常識的に考えれば、宮澤氏の議論は詭弁の極致以外の何ものでもありません。そもそも、大日本帝国憲法には、どこにも「天皇主権」などと書いていないのです。明記されているのは「統治権」の所在だけです。戦前憲法学の通説であった美濃部達吉の憲法論でも天皇主権を退けています。戦前にも「ない」とされていたものを「あった」と強弁して、勝手に「革命だ」と熱狂しているのですから、宮澤説は学問ではなく、カルト宗教にすぎないのです。

『帝国憲法物語』 西洋列強の脅威から日本を守るために、たった一人で三千人の敵に立ち向かった高杉晋作。強固な意志を貫きつつ「万機公論」を本気で実行しようとした大久保利通。早くから憲法こそが国家の廃興存亡を決すると見抜いていた木戸孝允。そして彼らの意志を継いで真に日本の歴史に立脚した憲法を制定すべく苦闘を重ねた伊藤博文と井上毅―幕末明治の日本人たちが上下一心となって勝ち取った大日本帝国憲法こそ、我が国の自主独立を守るための「最強の武器」だった。だが、しかし―。今、すべての日本人が知っておくべき歴史の真実。 amazon_associate_logo.jpg

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