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上昌広「絶望の医療 希望の医療」

薬害エイズ事件、事実を歪曲し冤罪を生んだ菅直人の罪 素人集団による医療行政の危うさ

文=上昌広/東京大学医科学研究所特任教授
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 一方、厚生省関係者には過酷な運命が待ち受けていた。例えば、研究班の班長を務めた故安倍英氏、前出の松村氏は逮捕・起訴された。郡司氏は徹底的なメディア批判にさらされた。薬害エイズ事件は、こうやって幕引きされた。これでは被害者も浮かばれない。こんな議論で済ませれば、薬害はなくならないからだ。

被害者救済と真相究明の分離

 このような事件があった場合に重要なことは、被害者救済と真相究明を分けることである。医療は誰かの過失がなくても、「被害者」が出てしまう。どんなに優秀な医師でも、副作用や合併症をゼロにすることはできない。一方、当然ながら、重篤な副作用や合併症に遭遇した被害者は救済を求める。

 濃縮凝固因子製剤を利用した血友病患者がHIVウイルスに感染し、多くが亡くなったことは不幸の極みだ。役所や製薬企業に過失があろうとなかろうと、医療や補償というかたちでできる限り救済すべきだと思う。
 
 ところが、日本で被害者を救済するためには、誰かの過失を認定しなければならない。特に、被害者の人数が多く、補償額が高額になる場合はなおさらだ。薬害エイズ事件で菅氏が官僚の過失を認めて被害者を救済しようとしたのも、このような背景を考えれば理解できない話ではない。ただ、救済のために事実をねじ曲げてはならない。のちに禍根を残すからだ。

 では、どうすればいいのだろうか。

 まず、優先すべきは被害者の救済だ。今からでも遅くない。無過失補償制度の設立を検討すべきである。無過失補償とは、訴訟に訴えなくても被害者を救済できる制度だ。一定の手順を踏んで医薬品を開発・販売した製薬企業は免責される。

 この制度は、予防接種の領域で発達した。きっかけは1976年、米国でインフルエンザワクチン接種後にギランバレー症候群という神経難病が多発したことだ。米国で国民的な議論の末に成立した。88年からワクチン一本当たり75セントが上乗せされ、補償の基金に充てられた。これ以降、米国ではワクチン接種率が高まり、公衆衛生レベルは飛躍的に向上した。血液製剤は薬害エイズ事件のように、未知の有害事象が起こり得る。無過失補償の導入を議論すべきだ。

 一方、真相究明はじっくりと冷静にやるべきだ。マスコミは被害者をジョーカーにしてしまうため、まともな議論ができなくなる。被害者を前面に立てて、自らの利益を追求する連中が出ている。

血液行政と医療行政の構造問題

 では、薬害エイズ事件の真因はなんだったのだろう。郡司氏が注目するのは、日本の血液行政と医療行政の構造問題である。筆者も同感だ。
 
 前者については当時、血液事業を独占していた日本赤十字と、濃縮製剤のライセンスを持っていた製薬企業の連携が不十分だったことが大きい。このため、濃縮製剤を独自に開発できず、米国に依存した。そして、米国に広まったHIVを日本に蔓延させてしまうこととなった。もし、血液製剤を自給できていれば、事態は違ったはずだ。

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