厚生労働省が所在する中央合同庁舎5号館(「Wikipedia」より/BlackRiver)
今から30年ほど前のことです。米国ミネソタ州にある有名な総合病院「メイヨー・クリニック」が中心になって行った、大規模な追跡調査のデータが世界に衝撃を与えました。この調査は、肺がん検診の効果を確かめるため、タバコを吸っている9211人の男性ボランティアを対象に行われたものでした。
調査では、まずボランティアたちが公平に2つのグループに分けられました。年齢や性別、タバコを吸っている本数などが両グループで揃えられ、人数も同じになるよう調整されたのです。次に、一方のグループに年4回の胸部レントゲン検査を受けてもらうように約束をしました。このグループを「検診群」と呼ぶことにします。もうひとつのグループには、地域で行われている年1回の一般的な健康診断だけを受けるように依頼しました。こちらは「対照群」としましょう。
6年後、「肺がんで死亡した人数」を調べたところ、検診群で122人、対照群で115人となっていることがわかりました。一生懸命に肺がん検診を受け続けた人たちのほうが死亡率は高かった、という驚きの結果だったのです。
過剰な診断
このようなデータを見せられた時、考えるべきことがいくつかあります。
ひとつは、偶然そうなっただけかもしれないということです。もうひとつは、データにねつ造や隠ぺいがあったかもしれないということです。昨年のSTAP細胞論文問題では、論文に掲載された写真に不自然な点があったことから一連の不祥事が暴露されましたが、数値データが中心の追跡調査の論文では、ねつ造などを見抜くのは至難の業です。
幸い、ほとんど時を同じくして、同じ目的の調査が英国、米国、それに旧チェコスロバキアの3カ所で独自に行われていて、結果もまったく同じだったのです。「肺がん検診を受けると、死ぬリスクが高まる」のは、間違いのない事実と考えてよさそうです。
理由もほぼ明らかにされていて、検査で使われるレントゲン線が放射線の一種であるため、発がんリスクを高めてしまうからです。
もうひとつあります。ひとたび「がん」と診断されてしまうと、精密検査、手術、抗がん剤治療、放射線治療など、ありとあらゆる医療が施されますが、中には放置しても構わない腫瘍が相当数あったと思われます。だとすれば、過剰な医療が命を縮めてしまったのではないでしょうか。欧米の専門家は、これを「overdiagnosis(過剰な診断)」と呼び、深刻な事態だとしています。しかし、日本ではまったく話題にされず、この言葉の訳語すらありません。