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浮世博史「日本人が知らなかった、ほんとうの日本史」

本能寺の変の裏に衝撃の真実が!「謎だらけの」豊臣秀吉、なぜ天下を獲れた?

文=浮世博史/西大和学園中学・高等学校教諭
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「兄上は、信長様からひとかたならぬ御恩を受けて参りました。今日があるのは、すべて信長様のおかげです。仇を討ち、お恨みを晴らし申し上げずになんといたしますか。ほかの者に信長様の仇を討たれてしまっては、あの世で信長様にお会いした時、兄上はなんと申し開きをなさるおつもりですか」

 参謀と補佐役の違いというのは、こういうことです。

 補佐役は、司令官の決断に決意を伴わせ、後ろめたさを消して自信を持たせます。司令官に逆らったり、司令官が決めたことを覆したりする役割ではありません。

 よく、「秀長は、秀吉に対して唯一意見することができた男」と表現されますが、秀長が秀吉に意見して、その考え方や行動を戒めたことはありません。補佐役は、司令官が決めたことをその通りにうまく実行できるように調整するのが主な役割で、諫止(かんし)や補正は参謀の役割です。

 そして、秀長は秀吉の弟でした。現代の会社にたとえれば、比較的ワンマンな社長がいて、その弟が副社長に就いているという感じでしょうか。そして、周りの社員はこう思います。

「この人に相談すれば、社長に話が通じそう」「この人の前でがんばっていれば、社長にも伝わりそう」

 こういった空気感が、大切なのです。

 秀長は、1585年の四国征伐の時には秀吉の代理として、軍事を任されています。また、徳川家康が上洛した時、家康は秀長の邸宅に宿泊しています。大友義鎮が秀吉に援助を求めて九州からやってきた時には、秀吉はこう述べました。

「内々のことは千利休に、公のことは秀長に相談なされよ」

 自分を消して、秀吉の代理ができる人物。秀長の魅力は、このあたりにあるような気がします。
(文=浮世博史/西大和学園中学・高等学校教諭)

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