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江川紹子の「事件ウオッチ」第37回

財務省案は軽減税率ではない!国民に責任転嫁する麻生財務相らの許されざる思い違い

文=江川紹子/ジャーナリスト
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財務省案は軽減税率ではない!国民に責任転嫁する麻生財務相らの許されざる思い違いの画像1「複数税率は面倒くさい」「けちつけるなら代替案を」など、終始“上から目線”の発言を繰り返している麻生財務相。国民からだけでなく与党内からも批判の声があがっているがーー。(画像はANNニュースより)

 だまし討ちに遭っている気分である。

 消費税を10%へと増税する際の負担緩和策として、マイナンバーカードを利用する財務省提案が出された。買い物をする際、消費者は10%の消費税を払い、そのたびに店の機械で、カードのマイナンバーを読み取らせると、飲食料品にかかる消費税のうち2%分が「還付ポイント蓄積センター」(仮称)にたまる。それをインターネット上のサイトから請求すると、銀行口座に還付されるという。還付金は上限が4000円ほどに抑えられ、それを越した分は戻ってこない。年に20万円以上の買い物や外食については、10%のままで、税は軽減されない。

 つまり、国民の負担が大きいうえ、平均的な消費者にとっては2%分の減税にもならない仕組みである。

国民監視の強化が進むマイナンバーカード活用案

 財務省は、これを「日本型軽減税率」などと言っているらしいが、これはポイントサービス(しかも上限あり)であって、「軽減税率」と呼ぶには値しない。増税の延期を理由に行われた前回総選挙の時、与党の公約に書かれた「軽減税率の導入」という言葉から、このような代物を思い描いた人はいないだろう。

 ところが、野田毅・自民党税制調査会長は「よく勉強してここまで検討した」と歓迎しており、「自民党と公明党の税制調査会幹部は大筋で了承している」(朝日新聞)との報道もある。冗談ではない。

 最大の問題は、今まだ準備中のマイナンバーカードを利用しようということだ。マイナンバー制度によって、国民の収入、預貯金などに関する情報は、すべて国の管理下に置かれる。納税の義務を適切に果たさなかったり、生活保護の不正受給をする者がいるということなので、そうした不正を防止するための措置として、そこまでは受認しよう。

 けれども、カードの作成は任意だったはずだ。しかも今回の財務省案が実現すれば、収入や資産のみならず、支出に関する情報まで国家に収集されることになる。品目までは記録しないというが、どこで飲食料をどれだけ購入しているか、自分の消費行動を見られるわけで、国家による国民監視がまた一段と強化されることを意味する。

 私は、国家に自分の生活をのぞき見られるような財務省案の制度は、断じて御免被りたい。

 同じような嫌悪感から、制度を利用しないという人も少なくないはずだ。そうなれば、還付を受ける人が減って税収が増えるわけなので、財務省としては大歓迎だろう。ひょっとして、こうやって軽減税率を放棄する人たちを増やしたくて、こんな珍妙な案を出したのか、と疑いたくなるくらいだ。

 大手スーパーなどは、カードの読み取り機や通信システムを導入するのも、さほど負担にならないかもしれないが、全国のすべての小売り業に設置を義務づけるというのは、どうなのか。商店街の小さな小売店や食堂、農家の直販や移動販売はどうするのか。そばやピザの出前の場合も、配達する人にいちいちリーダーを持たせるのだろうか。

 しかも、還付ポイント蓄積センターの設立やリーダーや通信システムを普及させるなどのインフラ整備に、約3000億円もの経費がかかるという。高額すぎるとして白紙撤回された新国立競技場建設費の2520億円をも上回る金額だ。当然のことながら、これを維持するための費用もかかる。そんなことなら、「国民全員に4000円ずつバラまけばいいのでは」との声さえ聞こえる。

スウェーデンの軽減税率

 麻生太郎財務大臣は「複数税率(軽減税率)を入れることは面倒くさい」と述べたが、ヨーロッパなどでは以前から、軽減税率が取り入れられている。

 イギリスは標準税率は20%だが、食料品や新聞・書籍などは0%。ドイツは標準税率が19%で、食料品・新聞・書籍は7%。カナダは標準税率が5%、オーストラリアは10%だが、いずれも食料品は0%だ。

 国によっては、複数の軽減税率を取り入れているところがある。たとえば、スウェーデン。一般的な物品の販売やサービスについては、ガス・水道・電気なども含めて、25%と高い付加価値税が課せられるが、食料品、レストランでの飲食、ホテル宿泊費などは12%、書籍、新聞、映画・コンサートや博物館の入場料や公共交通料金などは6%だ。飲み物は12%だが、お酒は25%。

 市民や企業から「面倒くさい」という声は聞こえないのだろうか?

 ストックホルム商科大学研究員の佐藤吉宗さんは、「普段の生活では聞かれませんし、私も生活の中で困ったことはありません」という。

「商品ごとの異なる税率で会計処理を行わなければならない商店側はもしかしたら面倒と言っているかもしれませんが、普段、そのような話がニュースなどで話題になることはありません。もうシステムとして定着しているからだと思います」

 どこで線引きをするかは、時々問題になるという。たとえば、数年前まではレストランで食べる食事には25%が課せられていた。一方、食料品は12%。レストランでの料理を、客がその場で食べれば25%だが、テイクアウトで自宅に持ち返って食べた場合は「食料品」としての扱いで12%だった。この制度を悪用し、実際にはお客がレストランで食事し、25%の消費税を支払ったにもかかわらず、会計上は「テイクアウト」として記録し、国税庁に12%の消費税しか払わないことでその差額を懐に入れるレストランが出てきた。そういう問題も一因となって、数年前、レストランでの食事にかかる消費税が12%に下げられた。

 また、音楽のCDは25%だが、書籍を朗読したCDはどうするのか。目が不自由な人のために始まった商品だが、「車のドライブをしながら小説が読める」などと晴眼者にも好評で、広まった。スウェーデン国税庁は、当初は音楽CDと同じ25%を課していたが、録音内容が書籍と同じという理由から6%に変更した。

 ヨガや太極拳、気功などの講座の消費税率も一律ではない。スポーツ関連の活動には6%の低減税率が課せられているが、国税庁はヨガや太極拳はスポーツとみなして6%、気功はそうではない、という判断をして25%が課せられる。

 「このような線引き問題は、国税庁が地方ごとに持つ税務署のそれぞれが独自に判断を下しますが、その判断が疑問視された場合は、最終的には国税庁の中に設けられた『税法委員会』が判断を下します」と佐藤さん。

 最初から完璧な制度というのは難しい。スウェーデンでは、こんなふうに線引きをめぐって問題が起きれば、国民の声を聞きながら議論をして区分を変更するなど、制度は漸次改善をされている。他の国々もそうではないか。食料品には低減税率と決まっているフランスでも、キャビアのような贅沢品には標準税率が課せられていると聞く。

 こんなふうにヨーロッパ各国ができていることが、日本ではできないはずはないではないか。

にじみ出る「お上から下々へのお恵み」感覚

 財務省案だと、マイナンバーカードを日々持ち歩かなくてはならない。では、介護を必要としている人たちの場合は、どうするつもりだろう。要介護者については、ヘルパーが買い物を代行するケースも多いが、その際カードを預ける、ということになるのだろうか。政府のマイナンバーについての広報でも、「むやみに、他人に渡したり、見せたりすることのないように」と注意を促しているのに、問題はないのだろうか。自分でカードを持ち歩いていても、紛失や盗難の機会が増える。

 そうした不安の声に、麻生財務相は「嫌ならマイナンバーカードを持って行かなくていい。その代わり、その分の減税はないだけだ」と言い放つ。ほとんど脅しに近い。さらには「けちつけるなら代替案を出さなきゃ」とも言った。こうした発言には、還付金は「お上から下々へのお恵み」という感覚がにじみ出ている。

 軽減税率について考える時には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めた憲法25条を忘れてもらっては困る。

 本来、消費増税は、少子高齢化社会にあって、社会保障制度を維持・充実させるための財源を確保する目的で決まった。すべての国民が「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を守るための社会保障制度を維持するための措置なのに、その増税によって人々の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が脅かされるようでは元も子もない。そこで、軽減税率である。ただし、適用品目が広がりすぎては、社会保障制度を維持する財源が不足し、これまた国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が危うくなるから、そこは議論して線引きをしなければならない。

 このように、軽減税率という制度の根底には、国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を守る、という憲法上の要請があるわけで、決して「お上から下々へのお恵み」なんかではない。

 今回のような異様な案がでてきたのも、制度を作る際の根本思想を間違えているからではないか。財相も財務省も与党の税調も、顔を洗って、出直してもらいたい。代案を云々して国民に責任転嫁するのでなく、まともな軽減税率についての案を出してくるのが、あなたたちの役目である。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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