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「ココロに効く(かもしれない)本読みガイド」山本一郎・中川淳一郎・漆原直行

他人から暴力や怒りや反論を喰らわぬためには、どうすればよいのでしょうか

文=中川淳一郎/編集者
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 「どこの中学にいたか」についてもよく分かる。私が通っていた東京都立川市の公立中学校は同様の状態で、高校に入っていても出身中学は高校生の間で重視されていた(と聞いた)。ちなみに、学校の評判がわかる口コミサイトで調べてみたら、私の通った立川第六中学校は東京の中学校376校中362位という低位であった。これを知り、今更ながらなんとなく誇らしげな気持ちになった。本書にも登場するが、「イスラム国」に影響され、人を殺したくなった中学生が立川市内の小学校に忍び込み、ヤギを殺害し練習をしようとした騒動がある。この小学校、私の出身校であり、多くの児童は六中に進学する。この忍び込んだ中学生はヤギがその小学校にいることを知っていたわけである。ニュースを見た瞬間「もしや六中生か……?」と思ってしまったものである。

 まぁ、そんな物騒なエリアではあるものの、私が通っていた頃の生徒の誇りは「六中は5年ほど前まで立川で最も荒れた中学だった」ということである。「廊下をバイクが走っていた」という話や、「体育館の裏はタバコの吸い殻だらけだった」というエピソードを聞くと「圧倒的ではないか、我が中学は」と思ったものである。しかし、時は流れ私の一つ上の代の3年生からは京都への修学旅行が復活した。

 東京の中学生なのに、京都へ行かないってどういうことか? かつての六中生は、ガラが悪過ぎ、京都の街に放り出すとどんな問題を起こすかわからないということで、修学旅行先を東北にさせられたのである。やることといえば「最上川舟下り」「将棋の駒製造工場見学」「中尊寺観光」など、常に教師の監視の目の下、集団行動をさせられるのだ。二つ上の代まで数年間旅行中の態度が良かったことから、修学旅行は1987年にようやく京都に戻されたのだった。

地元の「最強中学伝説」

 「悪かった」ことは在校生の誇りではあり、それは同時にその状況を乗り切った教師への畏怖をも植え付ける。「●沢」という女体育教師がいたのだが、彼女は元女子プロレスラーの「ベアー・マミ」という選手だったという説が蔓延し、彼女の尾てい骨への正確なキックは過去に何人もの男子生徒を撃沈してきたとされていた。ほかにも顔中ヒゲだらけで怪しげなサングラス風メガネをかけた「シミセン」や、常にヨネスケの「隣の晩御飯」に登場するような巨大シャモジを持ち、生徒を廊下に並ばせて尻を叩くK先生などもいた。野球部の練習でも「尻バット」は普通にやられていた。

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