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VW不正を特殊と片付けて良いか? 日本メーカーも検査条件下のクリア自体は普遍的

文=井上隆一郎/東京都市大学都市生活学部教授
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世界が驚いた排気ガス不正

VW不正を特殊と片付けて良いか? 日本メーカーも検査条件下のクリア自体は普遍的の画像1フォルクスワーゲン・ゴルフ(「Wikipedia」より/CEFICEFI )
 2015年9月の米国環境保護局による独フォルクスワーゲン(VW)の排気ガス規制に関する不正告発は、自動車業界のみならず世界に大きな衝撃をもたらした。VWはトヨタとの間で生産、販売台数世界一を争ってきたこと、14年においては1100万台の生産を果たしてトヨタを抑えて世界第1位に立ったばかりだったことは周知の事実だったからだ。VWの今後の販売、業績の落ち込みは避けられないだろうと多くの人が予想している。

 まず今回の不正の内容を少し詳細に見てみよう。

 VWはディーゼルエンジンの排気ガス規制をクリアするために、実走行時と検査時を識別し、検査時だとわかった場合には燃料や空気濃度、排気循環などの変数を検査に適合させる一方、実走行時には燃費や走行性能など日常の性能を最適化するソフトを搭載していたという。その結果、実走行時の排ガスは検査時と比較して、例えばNOxは40倍の水準に上っていたという。このような着想やソフトの技術などのアイデアそのもの、開発の技術水準は優秀なものであろうが、まさに本末転倒である。

欧州乗用車市場で主流となったディーゼル車

 そもそも、ディーゼルエンジンは軽油を高圧縮比で燃焼させる内燃機関であり、少ない燃料で長い距離を走ることができる高い効率性を実現し、低回転から高いトルク(ちから)を発揮してパワフルな走りを味わえる。また、「低燃費であれば二酸化酸素(CO2)排出も低レベル」との認識から、ハイブリッド車よりもCO2の排出量が少ないと評価される。走行性能も高く、燃費もよく、CO2排出が少ないなどの要因から欧州市場では高い人気があり、近年では新車販売の過半はディーゼル車となっている。

 他方、日本でのディーゼル車に対する印象はこれとは異なる。振動や音が大きく、排気ガスも煤煙が多い、特殊なエンジンであるので、経済性を重視する商用車に使用され、静粛で清潔な乗用車には不向きであるという評価が一般的である。そのため、各社が製品ラインナップにディーゼル車を持っているものの、ごく一部のユーザーの支持を受けているにすぎない。アメリカ市場でのディーゼル車に対する評価も、日本に類似している。アメリカの乗用車市場ではガソリンエンジン車が主流である。

アメリカ市場での再起を目指したVW

 VWは世界生産、販売においてトップクラスの企業であるが、最大市場の一つであるアメリカ市場でのシェアは、過去の米国生産車の品質問題による失敗のため、決して大きくない。VWが世界一の地位を確かなものにするためには、欧州、中国の各市場に続き、アメリカ市場での地位を盤石にすることが不可欠である。その切り札の一つが、ライバルの日本メーカーが不得意とするディーゼル車の拡販であった。

 しかし、ディーゼルエンジンは構造が複雑、精密であり、燃焼過程も特殊なため、排気ガス規制に対応することはガソリン車よりも困難である。VWも規制への適応には相当苦労したのであろう。しかし、製品差別化の鍵であったので、この規制のクリアは絶対条件であった。そんな事情を背景に、今回の不正は生じたといえよう。

不正に手を染める心理をどう見るか

 実は「前代未聞の不正」と断じながら、このような不正を起こす企業の心理はそれほど特殊ではないのかもしれない。どんな道路状況、環境においても、常に制限速度以内の速度で走行するドライバーは、どのくらいの比率なのだろう。想像だが、あまり多くないのではないか。しかし、自動速度違反計測器(オービス)やパトカーの付近で制限速度以内で走らないドライバーもまた少数だろう。

 また、スポーツ競技におけるドーピング規制についても同じような心理が働くことがある。欧州でのビッグ・スポーツ・イベントであるツール・ド・フランスで、総合優勝7連覇という空前絶後の「偉業」を達成したランス・アームストロングは、競技後行われるドーピング検査ではすべて「シロ」であった。その意味ではドーピングをしていない、と認定を受けていた。

 しかし、彼をめぐる噂は、競技の表舞台の背後で、ひそひそ話として継続されていた。彼は何度も公式に否定したのだが、結局内部告発によりドーピングの事実が指摘されるに及んで、最終的に反論を停止した。検査に引っかからないように、高いレベルでコントロールされているドーピングを繰り返していたとされる。その結果、総合優勝7連覇の「偉業」は取り消され、この競技の歴史から抹消された。

 規制に対応する際の心理は、多くの場合、本末転倒になっている場合が多い。常時から規制をクリアすることを求められているのは理解しつつも、監視・検査の際だけクリアすればよしとする心理は、それほど特殊ではない。

デジタル技術のブラックボックス化が発見を困難にした

 
 さらに問題を難しくしたのが、デジタル技術である。本来メカ的なもの、あるいはアナログ的な不正であれば、不正は発見しやすい。仕掛けが目に見えることが多いからだ。今回のVWの不正は、2008年からトップも知っていたといわれている。しかし、トップが知り得た可能性は極めて小さい。トップに見えるのは規制値と、結果としての達成値だけだからだ。そのための技術的な条件が書いてあったとしても、それを理解することは難しかっただろう。

 デジタル化により、自動車部品のインテリジェント化と高性能化が急速に進んでいる。さまざまな条件に適合するよう、センサーとデジタル技術で、きめ細かくコントロールできるようになった。しかしその半面、そのコントロールの中身は外からはまったく見えない。仮にプログラムを覗いたとしても、その解析は専門家でも長時間を要するだけでなく、不可能な場合もある。ましてや、トップマネジメントがそれをチェックすることは不可能だろう

自動車メーカーの優勝劣敗が進む

 
 この不正VWだけにとどまるだろうか。今回の不正への対応から、米国排ガス規制当局は、検査の方法を見直すことを決めた。検査方法をあらかじめ公開しないことにした。

 この影響は大変大きいのではないか。VW以外の自動車メーカーも含めて、規制の検査基準に合わせて、排ガス規制をクリアする方法を開発してきた。この点では他社もVWと同様である。ある日本メーカーも、高速道路における実走行時の排ガスが規制値を大きく超えているというような指摘が従来からなされていたことはある。VWほどはっきりとした切り替えはしていないとしても、方法や条件が明確になっている検査時のみ規制値をクリアすべく開発を行っていたとされている。

 規制当局が方法や条件を明示しないとなると、規制値をクリアすることは格段に難しくなる。あらゆる条件を加味して、規制クリアの方法を考えなくてはいけない。開発に対する資本の投入量、期間は格段に増加すると思われる。

 そうなると、これまで規制対応について本質的な対応が可能な体制を構築してきた企業と、規制条件にのみ適合する最小限の体制しか持っていなかった企業では大きな負担の差が生じる。後者は、この体制構築に多大な時間や費用を要することになろう。排ガスをめぐる技術力、体制の格差により、世界の自動車企業間の競争関係に大きな変動が生じる可能性があろう。
(文=井上隆一郎/東京都市大学都市生活学部教授)

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