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江川紹子の「事件ウオッチ」第39回

「南京事件」資料の記憶遺産登録、大騒ぎするほど中国の思うつぼ?

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 被害者数の問題は、当事国の日本と中国にとっては重大だが、よその国々にとっては、どうだろうか。おそらく、多くの捕虜や市民が日本軍の行為の犠牲になったという本質部分が重要で、正確な被害者数にはさほど大きな関心が払われていないのではないか。そういう観点からすれば、日本政府の態度は、言行不一致で歴史に誠実ではないように映るだろうし、大騒ぎすればするほど日本の評価を下げるだけのように思われる。それは、中国の思うつぼにはまっているのではないか。

 ましてや、自分たちに都合のいい事実の断片のみをとらえて、「南京事件はなかった」「すべて中国政府の捏造」などと騒いでいる人たちは、自分たちの行為こそが日本の品格をひどく貶めていることを自覚すべきだ。こういう人たちの存在を考えると、歴史に関する「記憶遺産」をしっかり残し、共有化していくことは、本当に大切だとあらためて感じる。

 ただ、史実を正確に伝えるためには、良質な一次資料の保存・共有が重要であることはいうまでもない。今回の資料の中に、その趣旨と反するものがあればそれを指摘し、より良い資料に差し替えるための努力は必要だろう。正確を期するためにも、日本は中国に協力し、日本側が有する資料も加えて、一緒に登録申請しようと呼びかけてもよかったのではないか。そうすれば被害者30万人説に固執する中国が拒否したとしても、日本の「痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」と、史実に忠実であろうと努める姿勢は、世界に伝わっただろう。

 それに、日本がそのように歴史を直視する態度で臨めば、中国は歴史認識を外交カードとする作戦は使えなくなる。逆に、日本が負の歴史を薄めようとすればするほど、中国側は強硬に歴史問題で日本を攻めてくるだろう。「侵略」を認めたがらない安倍首相や、次の世代に加害の史実を伝えることを「自虐史観」と呼んで嫌う与党議員らの態度こそが、むしろ中国側に攻める動機や材料を提供しているように見える。

 最悪なのは、そういう中国に負けまいという気持ちが強く出すぎ、日本が過去の過ちを矮小化したり、都合の悪い事実を隠そう、薄めようとする「歴史修正主義」に陥っていると、世界から見られることだ。それに、今回のことで日本がユネスコへの分担金・拠出金を払わなくなれば、その分を中国が補い、国際機関での中国の存在感を高めるだけではないか。言い分が通らないなら金を出さないという態度は、傍目に子どもっぽく映るだろう。

 この問題が持ち上がった直後、BS日テレでNNNドキュメント『南京事件 兵士たちの遺言』が再放送された。福島県出身の歴史家が、南京攻略戦に参加した郷土の元日本兵たちが当時書いた日記や証言をこつこつと集め、優れたドキュメンタリストが丹念にその裏付けを探していく。イデオロギーや思い込みを排し、できる限り真実に迫っていこうとする、見事なドキュメンタリーだった。

 この歴史家によって収集された陣中日記は31冊。その多くに、突然の南京転戦で食糧の補給がなく、軍が現地で民間人から略奪したり、中国人捕虜を虐殺する場面が書かれていたという。さらにこの歴史家は、200人以上の旧日本軍兵士にインタビューし、証言を残している。

 敗戦が決定的になると、軍部や官僚は重要な書類を燃やして証拠隠滅を図ったため、南京事件などに関する公的資料はほとんどない。ならばなおのこと、当時、現地で書かれた日記は史実を知るための重要な手がかりであり、貴重な一次資料といえるだろう。戦地を経験した人の多くが亡くなっている今、過去に行われた証言の記録も、重要な「記憶遺産」だろう。こうした資料を四散させず、いずれは多くの人がアクセスできるようにする努力も必要だ。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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