NEW
企業・業界

ココイチ創業者、株売却で220億円の利益 孤児院、極貧生活から異端経営者への軌跡

文=編集部
【この記事のキーワード】

, ,

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 宗次氏は前出「ベンチャー通信」のインタビューで、こう語っている。

「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味をもってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというより、人に喜んでもらいたかった。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」

 お客に認められたい一心で夫婦で励まし合いながら、店に立ち続けた。宗次氏は経営の第一線で働いていた頃は、趣味を持たず、友人もつくらなかった。飲み屋に行ったこともなかった。睡眠時間は3、4時間で働き続けた。こうしないと、お客に見離されるという恐怖感だったかもしれない。着実にココイチのファンを増やし、82年7月、株式会社壱番屋を設立。宗次氏が社長になった。

創業者利益を社会貢献に投下

 90年代以降は、独自ののれん分け制度「ブルームシステム」によるフランチャイズチェーン(FC)展開で出店を急拡大した。ココイチのFCは夫婦専業が基本だ。ロイヤリティーを取らない代わりに、夫婦が店で修行して、夫婦でやっていけると認められた者だけにのれん分けをした。

 ココイチがこれまでやってこられたのは夫婦で励まし合ってきたからだ。一時の成功よりも、継続することのほうが大事。どんなに失敗しても、めけずに続けていく。それには夫婦が手を取り合っていくことが、なによりも大事という信念が宗次氏にはある。

 2002年5月、宗次氏は53歳の若さで経営から退く。19歳の時にアルバイトとして入社した浜島俊哉副社長を社長に昇格させ、自身は創業者特別顧問、直美氏が会長に就いた。

 宗次氏は独特な金銭観の持ち主である。雑草を食べて飢えをしのぐという辛酸をなめた。貧乏の反動から、「カネ儲けのためならなんでもやるぞ」となるのが人間である。起業した会社が上場を果たし、創業者利得を手にしたのだから、胸を張って当然である。だが、宗次氏はそうしなかった。

 宗次は「お金を自分のために使うのは恥ずかしくてできない」と語っている。時計は9800円、シャツは980円。自宅は接待用に少し大きなものを建てたが、「それも恥ずかしいことだ」となる。余人には理解できない無欲ぶりなのである。

関連記事