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中村芳平「よくわかる外食戦争」

ワタミ、経営危機を招いた人材レベル低下 新店舗が観光スポット化!必ず復活できる

文=中村芳平/外食ジャーナリスト
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カギは銀政の大ヒット

 エイチ・アイ・エスなどは「銀政のような訪日客向けの店舗をなるべく早く10店舗くらい展開し、訪日外国人の要望に応えるべきだ」と、ワタミとの連携を強化している。おそらく銀政は人気の観光スポットとなり、多店舗化が早まるだろう。

 ワタミは今期(16年3月期)に5万人と見込んでいた訪日外国人客を、銀政のオープンで倍増の約10万人に上方修正した。ワタミが短期的に大復活するためには、銀政を大ヒットさせることが、一番手っ取り早いのである。

 ワタミが今期訪日外国人10万人を達成するのは、決して難しい数字ではない。というのは、ワタミは中国を中心に和民を100店舗展開、年間1200万人の顧客を持っているからだ。

 00年7月、香港に和民を設立。01年11月、海外1号店として和民 香港店を出店した。モデル店となったのが古き良き「日本の食卓」をコンセプトとしたジャパニーズ・ダイニング「ゴハン」(現在国内は閉店)であった。海外では日本のような酒と料理が一体となる居酒屋のような業態はほとんどない。ワタミは居酒屋ではなく、日本食メニューを重視した居食屋を前面に打ち出したことで、現地に受け入れられた。

 ワタミは香港をベースに中国本土の深せん、上海、広州へと店舗を広げた。台湾、シンガポールにも進出し、現在では香港に本社を置くワタミインターナショナル(桑原豊社長)が、直営・フランチャイズ(FC)で約100店舗展開している。

 海外展開で最大のターゲットにしてきたのが、中国市場である。日本の外食企業の多くは、収益が厳しい中国本土に進出するのを嫌がり、親日的なタイやインドネシアなどASEAN(東南アジア諸国連合)に進出している。

 ワタミは香港に進出してから15年経ち、海外事業はワタミ急成長の象徴的な事業となった。日本国内の和民のようにブラック企業批判を受けていないので、ブランドが傷ついていない。ワタミにとって香港、上海、広州、台湾、シンガポールの店舗に来店する1200万人の顧客のうち、仮に3%が訪日客となって銀政などワタミの店舗に来店したとすれば、同社の訪日外国人数は36万人を数える。仮に客単価6000円とすれば、年間21億6000万円の増収になる。

 ワタミは訪日外国人ビジネスで成功する条件が整っている。長期低迷し現場が少し元気をなくしているが、16年3月期で訪日外国人数約10万人の獲得に成功すれば、大復活の第一歩となるだろう。銀政の「一点突破、全面展開」で反転攻勢をかければ、今期から来期にかけて復活してくるはずだ。

中村芳平/外食ジャーナリスト

中村芳平/外食ジャーナリスト

●略歴:櫻田厚(さくらだ・あつし)

1951年、東京都大田区生まれ。高校2年生の時に父が急逝し大学進学を断念、アルバイトして家計を助ける。都立羽田高校卒業、広告代理店勤務。72年に14歳年上の叔父(モスフードサービス創業者・櫻田慧)に誘われ「モスバーガー」の創業に参画。フランチャィズ(FC)オーナーなどを経て、77年に同社入社。直営店勤務を経て教育・店舗開発、営業などを経験。90年、初代海外事業部長に就任、台湾の合弁事業の創業副社長として足掛け5年半でモスバーガーを13店舗展開。1985年の株式上場と244店舗展開(16年9月末)、そして同社の海外展開の基礎をつくった。慧氏は97年にくも膜下出血で急逝、享年60。櫻田氏は98年社長に就任、14年会長兼社長に就任し、今年6月、社長を常務取締役執行役員の中村栄輔氏(58)に譲った。社長交代は18年ぶりのことだ。櫻田氏は中村氏に国内事業、新規事業を任せ、海外事業に全力を注ぐ構えだ。「モスバーガー」を世界のブランドにするという、夢の実現に向かって挑戦しようとしている。

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