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江川紹子の「事件ウオッチ」第46回

【両陛下の慰霊訪問】で直視すべき、フィリピンの許しと日本の道義的責任

文=江川紹子/ジャーナリスト

「許し難きを許す」対応に対し、日本は「永遠に記憶に留める」と応えた以上、あったことを記憶し、次の世代にもしっかりと伝えていくという道義的責任を背負っているのではないか。

記憶を引き継ぐ努力を

 今回の訪問に関連して、陛下は次のようなお言葉を述べられた。

「先の大戦においては、日米間の熾烈(しれつ)な戦闘が貴国の国内で行われ、この戦いにより、多くの貴国民の命が失われました。このことは私ども日本人が深い痛恨の心とともに、長く忘れてはならないことであり」(昨年6月宮中晩餐会でのお言葉)

フィリピンでは、先の戦争において、フィリピン人、米国人、日本人の多くの命が失われました。中でもマニラの市街戦においては、膨大な数に及ぶ無辜(むこ)のフィリピン市民が犠牲になりました。私どもはこのことを常に心に置き、この度の訪問を果たしていきたいと思っています」(フィリピン訪問を前に、皇族や安倍首相らによる見送り行事でのお言葉)

「この戦争においては、貴国の国内において日米両国間の熾烈な戦闘が行われ、このことにより貴国の多くの人が命を失い、傷つきました。このことは、私ども日本人が決して忘れてはならないことであり、この度の訪問においても、私どもはこのことを深く心に置き、旅の日々を過ごすつもりでいます」(フィリピンの歓迎晩餐会でのお言葉)

 忘れない。常に心に置く――日本国の象徴である陛下のこの誓いは、私たちが果たすべき道義的責任を端的に言い表しているように思う。

 日本大使公邸で開かれたレセプションにキリノ大統領の孫2人が招かれ、天皇陛下は「日本の人たちは大統領に感謝しています」と伝えた。この行為によって、多くの日本の人々がキリノ大統領の遺徳をあらためて学び直すこととなった。筆者もまた、これをしっかり記憶に留め、次に伝える努力をしたい。

 戦後の補償交渉でフィリピン側は当初、日本側に80億ドルの賠償を求めた。交渉は難航したが、最終的に5億5000万ドル(約1902億円)でまとまった。犠牲者一人当たりで計算すると、わずか1万7000円ほどである。むろん、すでに完済している。

 法的責任については、日本はすでに果たしたといえる。賠償を支払えば、法的責任からは解放される。だが、道義的責任にそのような終わりはあるのだろうか。

 大きな声で糾弾され続ければ、いやでも過去の事実を思い起こす。しかし、さまざまな思いを飲み込んで許しを与え、あえて責任追及をしてこない相手については、私たちが主体的に記憶を引き継いでいく努力をしなければ、記憶は風化してしまう。道義的責任とは、そのような努力を長く続けていく責任なのだと思う。

 天皇陛下のフィリピン訪問の報を見ながら、筆者は日本人の一人として重い宿題を負ったような気がした。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

<参考>
『フィリピンBC級戦犯裁判』永井均(講談社)
『「BC級裁判」を読む』半藤一利、秦郁彦、保阪正康、井上亮(日経ビジネス人文庫)
『日本人戦犯帰国60周年』まにら新聞web

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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