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手島直樹「マーケット・インテリジェンスを磨く」

自己資本を食い潰す「潤沢な」株主利益還元の罠…過度のROE経営が企業を滅ぼす

文=手島直樹/小樽商科大学ビジネススクール准教授

 そもそも最適な自己資本水準というものは誰にもわかりません。投資家は自己資本水準をもっと下げろとは言いますが、彼らもいくらにせよとは言えないのです。もちろん、統計分析によってそれなりの水準が把握できるかもしれませんが、それが正しい保証は何もありません。このように正解がない状況では、米投資家ウォーレン・バフェットが「margin of safety(安全余裕率)」と呼ぶように、だいたいこの程度が適正かもしれないが、念のためある程度バッファを上乗せしておこう、ということになります。こうした行動は至極当然のことですが、このバッファに対する認識が企業と投資家で異なるだけの話なのです。投資家は自分の都合でいろいろと言ってきますが、企業は企業の都合で意思決定すればよいのです。自己資本の水準に関して、両者の利害が合致するなどということはあり得ないのです。

「割り算の罠」には高ROEを目指す企業が陥る

 さて、次に今回のテーマのひとつである「割り算の罠」について考えていきましょう。「割り算の罠」とは、ROE算出式の分子である当期純利益の拡大ではなく、分母となる自己資本の圧縮によってROE改善を狙うことです。これまで自己資本の圧縮を求める投資家の要求について述べてきましたが、まさに彼らの要求と合致したアプローチといえます。

 厳しい競争環境下において、営業利益率を改善しながら売り上げを高めて当期純利益を拡大するのは容易なことではないため、特に高いROE目標を設定する企業ほど「割り算の罠」に陥る可能性が高まります。もちろん、無駄な自己資本を株主に還元することは正しい行動ですが、前述のように適正な自己資本の水準がよくわからないのに、無駄な自己資本の水準がわかるはずがないのです。

 そこで、適正な自己資本の水準を予想当期純利益とROE目標から逆算することになれば、「割り算の罠」に陥ることになります。企業は、ROE目標が実現できる自己資本の水準になるまで自社株買いを行い続けることになるのです。

 こうした行動を高く評価する投資家もいるようですが、企業が本来取るべき行動は、そこまでしてROE目標を達成するよりも、ROE目標を現実的な水準に引き下げることなのです。自己資本を圧縮してROEを高めたところで、自己資本を無限に圧縮し続けることはできないため、ROEの改善は一過性のものにすぎません。

手島直樹

手島直樹

慶應義塾大学商学部卒業、米ピッツバーグ大学経営大学院MBA。CFA協会認定証券アナリスト、日本アナリスト協会検定会員。アクセンチュア、日産自動車財務部及びIR部を経て、インサイトフィナンシャル株式会社設立。2015年4月より現職。著書に『まだ「ファイナンス理論」を使いますか?-MBA依存症が企業価値を壊す』(2012年、日本経済新聞出版社)、『ROEが奪う競争力-「ファイナンス理論」の誤解が経営を壊す』(2015年、日本経済新聞出版社)、『株主に文句を言わせない!バフェットに学ぶ価値創造経営』(2016年、日本経済新聞出版社)。

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