ラムネ屋からモヤシ屋に「変身」

 サラダコスモは、実は清涼飲料水のラムネを売る「中田商店」という店だった。販売が落ちる冬の副業でモヤシの生産販売をしていた。しかし、本業のラムネ店はコカ・コーラなどに押されて廃業せざるを得なくなり、1978年に父から家業を引き継いだ中田氏は80年、モヤシに特化することを決断した。

 当時のモヤシは漂白剤で真っ白にして売るのが業界の「常識」だった。中田氏は「こんなものをお客さんに食べさせてはいけない」と考え、国内初の無添加・無漂白のモヤシづくりに取り組んだ。当初は無漂白だとモヤシがすぐに茶色になるため、消費者からクレームを受けたそうだ。しかし、こうした取り組みがまず生活協同組合で評価され、それが大手スーパーにも伝播し、80年代前半からブレイクした。今では「常識」となった無漂白・無添加のモヤシをサラダコスモが確立させたのである。

 その後、カイワレ大根など生産品目を増やして事業規模を拡大させた。欧州では高級野菜として人気がある「チコリ」の栽培も2006年から日本で初めて取り組み、発芽した部分を野菜として売り、元の部分の芋は焼酎にしたり、焙煎してお茶やコーヒーにしたりして販売する。

 野菜生産と加工・販売にまで取り組む、いわゆる「6次化」にも熱心だ。チコリ生産を契機に、本社横に「ちこり村」を開設、生産現場を見せながら自社製品や地元産のお土産を売り、地元の食材をふんだんに使った料理を出すレストランも併設、年間30万人の観光客が立ち寄る名所となった。ちこり村だけで年間9億円を稼ぎ、レストランでは多くの地元の人を雇い、新たな雇用を創出している。

 こうして企画力を重視したビジネスを展開しながら、地道に効率的な物流網も構築している。モヤシなどの工場は、長野県、栃木県、兵庫県内にあるが、その日出荷した新鮮なものが大都市の売り場に並ぶ。卸売市場を経由せずに工場からの直送だ。仲介者がいないため、安いモヤシでも利益が出る。大量発注と無駄のないルート確立によってモヤシ5キログラムが入った段ボール箱1個を120円で全国に配送できる仕組みを構築している。モヤシの商圏は半径30キロメートルといわれていたのを300キロメートルにまで拡大させ、業界の「常識」をサラダコスモが覆した。

 同社の15年5月期の売上高は前期比13.7%増の83億円、経常利益率も2桁台を維持している。16年5月期は大台の100億円の売上高も視野に入っている。従業員はパートも含めて450人。若い優秀な人材を積極採用している。「中津川市で最も賃金の高い会社」ともいわれ、大卒35歳で年収600万円程度だ。

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