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有馬賢治「日本を読み解くマーケティング・パースペクティブ」

大学、数百万円払って4年間も行く意味はある?ノートのコピーを友人に頼めない学生も

解説=有馬賢治/立教大学経営学部教授、構成=A4studio

「私が専攻するマーケティングの分野でも、それは同じですね。顧客志向や戦略的発想などの思考方法を身につけていくことで、市場や社会で未来に起こる出来事への考え方や対応の仕方を学ぶことができるわけです」

 だが、専門的知識や技術を学びたいのであれば、専門学校などでも十分のはずだが。

「確かにその通りですが、大学では専門分野と同時に、教養も学びます。教養的知識で視野が広がれば、ものを考える際のヒント、アイディアの源泉も広がってくるでしょう。専門と教養の両方を学ぶことで思考方法と発想の選択肢を増やすことができ、社会人として不確実な事象に対応するときの応用力を拡げることができるのではないかと私は思います」

自分探し型と将来逆算型、両極が混在する現代の学生像

 とはいっても、やはりそれは真面目に勉学に励むというのが前提の話であって、多くの大学生は残念ながらその姿勢は持ち合わせていないのではなかろうか。

「そういう学生は確かに今でも多くいると思います。しかし、大学時代に必ずしも勉学にのみ全精力を注ぎ込む必要はないと個人的には考えています。大学では高校時代よりも概して拘束時間が少なくなりますから、旅行や趣味、サークルや体育会など、教室での学び以外にも自己の興味で多くの時間を費やすことができます。そうした時間を通じて、あれこれと思考を巡らすことが自己の人生や将来を深く考えるきっかけとなるのではないでしょうか。自分探しのために、モラトリアム(社会に出るまでの猶予期間)として大学に通うことも、長い人生の準備期間と考えれば十分に意味があるのではないかと思います」

 一方、明確に将来をイメージしすぎる若者が多いのも現代の特徴だと有馬氏。

「若者の気質として『この会社に入りたいから○○大学の○○学部に進みたい』といった、非常に具体的な将来の理想像を持ち、そこから逆算して物事を考え、興味よりも成果を優先するタイプの人が以前よりも増えたように感じています。しかし、現実は自然災害なども含めて未来は非常に不確実です。だからこそ、あまり自分の将来の姿を早々に決めつけすぎないで、大学本来の意義である『自分が何を学びたいのか』を中心に考えて、先の分からない未来に対する対応力を磨いてほしいですね」

今の大学生にはノートの貸し借りさえも難しい?

 また、大学生活の全体から考えれば、授業の代返やノート写しなどを友人に頼むのも必ずしもマイナスばかりではないとのこと。

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