病院のMRI検査、機器改良なしで泣き叫ぶ子供を激減させた方法とは?デザイン思考の本質
そのためには、MRI装置の大幅な改良が必要となる。これを挑戦しがいのある開発目標だと考えれば、すぐに技術開発の検討に取り掛かるかもしれない。あるいは、鎮静剤を打つのに、痛くない注射針を使ったらよいのではないかという解決案を考える技術者もいるだろう。
果たしてダグ氏はどのような解決案をとったのであろうか。彼はMRI受診を海賊船物語に変えてしまったのである。つまり、MRI装置と検査室の壁に絵を描かせ、まるで海賊船の中のように仕上げ、子供たちが海賊たちに見つからないようにじっと隠れているというアトラクションに変えてしまったのだ。
さらに、検査技師たちにも子供たちとの接し方を訓練させた。受診する子供たちには、これは楽しい乗り物なのだよと説明する。こんな具合だ。「今から海賊船に乗り込むよ。海賊たちに見つからないようにじっとしていて!」
するとどうだろう。鎮静剤を打つ子供はわずか10%に激減したという。効率が上がり、一日に検査できる子供の数が増え、病院にとっても大満足の結果となったのである。
では肝心の子供たちはどうだったのか。ダグ氏はうれしそうにこう紹介する。MRIを受診した(しかし当人は海賊船に乗り込んだと思っている)子供が、「ママ、また明日やりたい!」と語っていたのだ。
デザイン思考の本質
この事例からさまざまなことを学ぶことができる。MRI装置の改良や注射針などは不要であった。必要だったのは、子供だましではない本物のアトラクションという環境づくりとスタッフ教育であった。デザインとは単に絵を描くことではない。ストーリー作りやスタッフの教育もデザインの対象なのである。
よく「デザイン思考は1を100にするのではなく、0から1を生み出す」ものだといわれる。しかし、これはややもすると誤解を生む。ここで紹介したケースも決して「0から1を生み出して」いるわけではない。確かに、MRI検査という世界ではそうだったかもしれない。しかしアトラクション自体はディズニーランドなどですでに行われているアイデアだ。それをMRI検査の世界に持ち込んだのである。
デザイン思考とは「点と点を結ぶ作業」にほかならない。技術者も専門分野だけに閉じこもっていては点を増やすことができない。視野を広げて点を増やして、点と点を結びつける努力が求められている。デザイン思考とは才能ではない。地道な実践なのだ。
(文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授)
【参考文献】
1.『クリエイティブ・マインドセット』、デイヴィッド・ケリー&トム・ケリー著、日経BP社(2014年)
2.「創造力に自信を持つ方法」、『スーパープレゼンテーション』、NHK Eテレ、2016年4月7日放映