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江川紹子の「事件ウオッチ」第55回

【女子大生刺傷事件】から約1カ月――悲劇を繰り返さないためのストーカー対策とは

文=江川紹子/ジャーナリスト

 こうした点を受けて、警察庁の金高雅仁長官は6月2日に行われた記者会見で、「警察が事前に相談を受けながら重大な結果を防げなかったことは、重く受け止める必要がある」と述べた。警察のトップが、そのような認識を持っていることは一応評価したい。だが、過去の事件においても、警察内部でそれなりの検証を行い対策もしてきたはずである。それにもかかわらず、今回の事件を防げなかった。それを考えると、今回は警察内部だけではなくストーカー心理に詳しい専門家なども交えて検証する必要があるのではないか。

 今回のケースを含め、先に挙げた過去のいずれのケースも、警察は何もしていなかったわけではない。加害者に警告を発したり、逮捕したり、被害者の自宅周辺のパトロールをしたり、被害者に近況を聞くなどの活動はしていた。しかし、その多くで、対応が極めて不十分だったり、後手に回ったり、ミスを重ねたのは、事案の切迫度についての警察の認識が甘く、危険度を過小評価していたためのように思えてならない。第一線の警察官がストーカー事案としての切迫度を正しく認識しなければ、いくら本部に専門部署をつくっても十分機能しない。現場の警察官たちが正しい認識ができなかったとすれば、それはなぜなのか。今後の対策を立てるためにも、これまでの事件を含め、そこをよく検証してもらいたい。

官民で連携を

 また今回の件では、SNSによる嫌がらせがストーカー規制法で禁じられた「つきまとい等」に含まれていないことから、警察がストーカー事案として対応しなかったのではないかという指摘がある。

 ストーカー対策に関しては、14年8月、警察庁などによる有識者会議が規制のあり方に関する報告書をまとめている。そこでは、ストーカー規制法で禁止する「つきまとい等」にSNSを利用して執拗にメッセージを送り付ける行為を含めることも、すでに提言されている。法が不十分な点は、ぜひ早急に改めるべきだ。

 法改正だけでなく、SNS利用の「つきまとい」から、どのように被害者の心身を守っていくかも、重要な課題だろう。専門家は、SNSのブロックは加害者側を絶望させ、逆上させるのでよくないと助言するが、被害者からすれば、執拗な嫌がらせメッセージを受け続ければ、精神的に参ってしまう。より重大な被害を防ぎつつ、被害者の心も守っていくにはどうしたらいいのか。実際に被害を受けた経験のある人たちへの調査を行い、ストーカーに詳しい専門家や法律家など意見を交えて対策を練ってもらいたい。

 13年以降、警察がストーカー事案として受けた相談は、3年連続で2万1000件を超えている。今回のようにストーカー事案に分類されなかったケースを含めれば、もっと多いはずだ。これらのストーカー行為を終息させ、より深刻な被害を防ぐには、加害者対策にもっと力を入れる必要があるだろう。それは、警察だけでできることではない。

 今年3月、警察庁の委嘱で行われた「ストーカー加害者に対する精神医学的・心理学的アプローチに関する調査研究」の報告書がまとめられている。それによると、警察の文書警告を受けた加害者の追跡調査では、1年間で約1割が再度の「つきまとい等」を行っている。なかでも、無職者の再発率が有職者・学生より高く、同居家族がいない者の再発率は、いる者より高いという傾向も見られた。また海外では、加害者に対するカウンセリングや治療を進めるために、警察と医療機関、心理士などが連携する取り組みも多く、イギリスでは社会福祉、保健医療、教育、雇用など官民のさまざまな機関が連携して加害者に対応する仕組みもあるという。

 日本でも、警察と医療機関、NPOなどが連携する試みも、一部では始まっていると聞く。加害者対策を警察や刑事司法による規制だけに頼るのではなく、もっと幅広く官民が連携して、加害者の更生を促したり、最悪の事態を防ぐ仕組みを考える必要があると思う。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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