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上昌広「絶望の医療 希望の医療」

東大理1、順位低下で山梨大以下に…優秀な医学部生の才能を「殺す」大学の質低下

文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長
東大理1、順位低下で山梨大以下に…優秀な医学部生の才能を「殺す」大学の質低下の画像1東京大学安田講堂(「Wikipedia」より/Wiiii)

「最近の学生は出来が悪い」
「高校で習っておくべき、基礎的な教養が身についていない」

 医学部の教授のなかには、このように嘆く人が少なくない。このことは、医学部で教鞭をとる人たちを対象とした調査でも示されている。2012年11月に全国医学部長病院長会議が発表した「医学生の学力低下問題に関するアンケート調査報告」では、全国にある80の医学部のうち、75校の担当者が「医学生の学力が低下している」と回答していた。

 その理由として「ゆとり教育」(65校)、「医学部定員の増加」(58校)、「若者全体のモチベーションの低下」(44校)、「医学部教員の多忙」(43校)が挙げられていた。特に、多くの医学部長や病院長が、08年から実施された医学部定員の増員が悪影響を与えたと考えている。1966年は18歳人口の700人に1人が医学部に進んでいたが、13年には136人に1人となっている。医師専用の情報交換サイトであるエムスリーのインタビューで、福島統氏(東京慈恵会医科大学教育センター長)は「門戸は昔よりかなり広がっている」ことを問題視していた。

東大理1、順位低下で山梨大以下に…優秀な医学部生の才能を「殺す」大学の質低下の画像2

 一方、進学校の教師のなかには、「最近の優秀な生徒は、みな医学部に行ってしまう」と嘆く人が少なくない。「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社/6月18日号)に掲載された「特集 最新医学部&医者」によれば、主要進学校の卒業生の多くが医学部に進学している。たとえば、今春の受験では、東海は208人、ラサールは151人、灘は150人、開成は129人、桜蔭は96人が医学部医学科に合格していた。

 このように両者の主張は、真っ向から食い違う。果たして、どちらの言い分が正しいのだろうか。

医学部入学者の能力をどう評価?

 そもそも、どうやって医学部入学者の能力を評価すればいいのだろうか。

 私は偏差値に着目し、医学部入学者の能力の変化を評価しようと思った。もちろん、入学者の能力を評価することは難しい。学力だけがすべてではない。ただ、学力は医学を学ぶ上で重要だ。それに、毎年予備校が大学の偏差値を評価し公開しているため、定量的に評価できる。偏差値は、各予備校が総力をあげて弾き出す数値だ。やる気や人間性のような主観的な評価と異なり、客観性がある。各大学の合格難易度を、もっとも正確に反映したものといっていいだろう。

 当然ながら、単純に医学部の偏差値を調べても意味がない。大学進学率は1980年の30%から、2015年には41%に上昇しているため、難関大学の偏差値はおしなべて上昇しているからだ。

 医学部入学者のレベルを評価するには、比較対象が必要だ。そこで、私は東京大学の理科1類と比較することとした。東大理1が日本を代表する理系学部であることに異存がある人はいないだろう。

 私は、国公立大学医学部を対象に、2016年と1985年の偏差値を比較した。偏差値は河合塾が発表しているデータを用いた。私大医学部を対象から除外したのは、私大は受験日をずらしているからだ。このため、合格者の多くが入学を辞退する。表向きの偏差値と実際の入学者の偏差値に乖離がある可能性が高い。

東大理1が岐阜大と同レベル

 本稿では、この調査結果をご紹介しよう。実際に調査を行ったのは、当研究所のスタッフである矢野厚君と村田雄基君だ。

 まず、1985年の国公立大学医学部、および東大理1の偏差値を図1に示す。

東大理1、順位低下で山梨大以下に…優秀な医学部生の才能を「殺す」大学の質低下の画像3図1:1985年の国公立大学医学部、および東大理1の偏差値

 トップは東大理3と京大で70。ついで阪大医(65)、名大医・東北大医・九大医・北大医・神戸大医・東大理1(62.5)と続く。東大・京大・阪大の医学部が最難関で、東大理1と旧七帝大の医学部は、ほぼ同レベルの難易度だ。

 では、現在はどうだろう。図2に2016年の偏差値を示す。

東大理1、順位低下で山梨大以下に…優秀な医学部生の才能を「殺す」大学の質低下の画像4図2:2016年の国公立大学医学部、および東大理1の偏差値

 上位は東大理3・京大医・阪大医(72.5)、名大医・東北大医・千葉大医・東京医科歯科大医・山梨大医(70.0)と続く。東大理1の偏差値は67.5で、1985年と比較して大幅に順位を下げた。かつて二期校だった岐阜大、山口大、旭川医大と同レベルだ。年配の方には、にわかには信じられない結果だろう。

 では、この30年間に、どのような大学の偏差値が上がったのだろう。結果を図3に示す。

東大理1、順位低下で山梨大以下に…優秀な医学部生の才能を「殺す」大学の質低下の画像5図3:1985年と2016年の国公立大学医学部、および東大理1の偏差値の変化

 偏差値が上昇したのは山梨大、弘前大、岐阜大、旭川医大(12.5)、琉球大、三重大、福島県立医科大、福井大、名古屋市立大、長崎大、千葉大、島根大、高知大、熊本大、香川大、秋田大(10)と続く。

 一方、偏差値の変化が少なかったのは、東大理3、京大医で2.5しか上がっていない。ついで、東大理1、北大医、奈良県立医科大、札幌医大、神戸大、群馬大、九大、金沢大で5だ。

 地方の国公立大の医学部が急速に難しくなり、いまや東大理1とほぼ同レベルになっていることがわかる。

医学部生は被害者

 では、全国医学部長病院長会議の幹部が主張するように、医学部の定員を増やしたために、入学者の学力が低下している可能性はあるのだろうか。

 図4は、最近5年間の国公立大医学部の偏差値の変化である。低下しているのは九大と金沢大だけだ。2.5下がっている。ちなみに、東大理1も2.5低下している。

東大理1、順位低下で山梨大以下に…優秀な医学部生の才能を「殺す」大学の質低下の画像6図4:2011年と2016年の国公立大学医学部、および東大理1の偏差値の変化

 ただ、偏差値が下がっているのはごく一部だ。53の国公立大学医学部のうち、32は偏差値の変化がないし、旭川医大や弘前大など11大学は2.5上昇している。つまり、医学部の定員を増やしたせいで、入学者の学力が低下しているとは言いがたい。

 では、もし全国医学部長病院長会議の幹部がいうように、医学部生の学力低下が起こっているとしたら、何が問題なのだろうか。少なくとも、入学者の質が低下しているわけではない。

 そうなると、教育システムに問題があるか、そもそも「医学部生の学力低下」という前提が間違っているのだろう。私は両方の側面があると思う。

 現在の医学部教育はいびつな状況だ。東大理1合格並みの学力をもつ学生が、地方の国公立の医学部に入学しているからだ。教授たちが学生だったときとは、まったく状況が違っている。果たして、教育体制は学生にあわせて変わったのだろうか。私は、そこに問題があると思う。

 優秀な学生を指導する際には、自分で考えさせることが重要だ。教員の仕事は、知的で魅力的な環境を提供すること。そして、締めるところと、自由にさせるところのバランスをとらねばならない。特に後者は重要だ。

 米国の大学は、授業は厳しいが夏休みなど休暇が長い。その間にボランティアなど自由に活動する。多数のノーベル賞学者を輩出した京大は自由だ。開成や灘などの有名進学校も自由である。詰め込み教育はしない。

 ところが、昨今の医学部教育は正反対だ。講義と実習を詰め込み、夏休みや冬休みは短い。授業の出席をとり、小テストを繰り返す大学が多い。ひどいところになると、医師国家試験対策用の授業や試験を行う。さらに医師国家試験用の予備校に通う学生までいる。これでは、教養は身につかず、自分で考えられない。まともな大人に育たない。「最近の医学部生は学力が低い」と感じることもあろう。

 ただ、その責任は大学生にはない。むしろ彼らは被害者だ。せっかく優秀な頭脳をもって医学部に入ってきているのに、その才能を伸ばしてもらっていないのだ。

 今考えるべきは、医学部教育の中味だ。詰め込み一辺倒ではダメだ。座学をやめて、実習で締め上げるのも同様だ。しっかりした思考力、教養をもち、自分で考えることができる人材を育成しなければならない。そのためには、学生自身の試行錯誤が必要だ。

 そして、そのためには彼らを指導する教員のレベルをあげなければならない。医学部に必要なのは入試の改革ではない。教育提供体制の改革である。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。
医療ガバナンス研究所

Twitter:@KamiMasahiro

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