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片山修「ずたぶくろ経営論」

ここ最近、日本企業の不祥事が多発する「ある深刻な理由」

文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家
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 また、オーナー社長は任期がないのに対して、サラリーマン社長は4年ないし6年で交代する。あるサラリーマン社長に「理想的なトップの在任期間は何年か」と尋ねたところ、即座に「10年」という答えが返ってきた。確かに、4年や6年では就任当初に語った経営方針を実現することは困難だろう。

 しかし、10年もサラリーマン社長がその座にとどまれば、地位にしがみついている、老害だと批判される。結局道半ばで退任し、新たなトップが新しいビジョンを打ち立てることになる。これでは、本当の意味で企業が成長することはできない。

 経験の差もある。逆境を乗り越え経営者としての学習を重ねるオーナー社長に対して、サラリーマン社長は、課長、部長、取締役と出世の階段をのぼってきたにすぎない。大義に乏しい。

 現場でのオペレーション経験はあるにしても、経営者としてリスクを賭けた、しびれるような「決断」の経験がない。創業者やオーナー経営者は、たいてい一度や二度、修羅場をくぐっている。その差が、カリスマ性を持てるかどうか、腹の据わった決断ができるかどうかの分かれ道となる。

 知られているように、鴻海精密工業(ホンハイ)会長の郭台銘氏は、一代で巨大企業をつくりあげ、シャープの買収にこぎつけた。彼の前に立つと、シャープの前サラリーマン社長ら経営陣は、あまりにも小粒といわざるを得ない。

カリスマ経営から集団指導体制へ

 もとより、オーナー社長が万全というわけではない。オーナー社長が引退すると、たいていの会社は衰退の道をたどる。オーナーが偉大であればあるほど、その“空白”は大きく、その穴を埋められない。

 オーナー社長の引退後は集団指導体制に移行するのが近年の流れであるが、これにより企業力が弱体化した例は少なくない。

 たとえば、任天堂は1889年に山内溥氏の曽祖父が創業して以来、山内家の同族企業であったが、2002年に岩田聡氏が山内氏の指名を受けて代表取締役に就任。このとき、山内氏は「今後の時代に対応するには、集団指導体制にするべき」と語ったとされる。しかし、12年3月期には営業赤字に転落したことからもわかるように、任天堂の集団指導体制は必ずしも成功したとはいえない。

 米アップルも創業者のスティーブ・ジョブズ亡き後、ティム・クックがCEOの座に就き、集団指導体制のもとに部下に大幅に権限を委譲した。しかし、現在のアップルがジョブズ存命中以上に輝いているといえるだろうか。

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